迎講と来迎図2

高野山聖衆来迎図.png

前回に続いて、安藤香織氏の説をご紹介します。

氏は、迎講が隆盛期を迎えた12世紀前半、往生伝や彫刻は、迎講とイメージを共有していたと指摘しています。これは、迎講が、当時の人々が思い描いた来迎の具現化であるからです。

ただ、来迎図は、事情が違っていました。来迎図特有のルールがあり、迎講のモチーフを取り入れるのに時間がかかることになります。その一つが、来迎図は坐像であったことです。一方、迎講は立って歩きますので、その差は大きいです。

ただ、来迎図は、次第に迎講のモチーフを取り入れ、坐像から立像に変化していきます。その過渡期として、高野山所蔵の阿弥陀聖衆来迎図に描かれた腰鼓菩薩に注目しています。この菩薩は、立っているのにもかかわらず、膝からしたが雲に隠されて、他の坐形の菩薩に紛れるような描写になっています。以上が、氏の説のご紹介です。腰鼓菩薩の描写は、坐像の伝統と、立像の迎講の影響との狭間での表現方法だったのでしょう。

参考文献
安藤香織(2010)「来迎図の尊像構成と迎講に関する一考察ー法華寺本菩薩・童子幅を中心にー」東京国立博物館研究誌625、p.p.39-59.

画像:高野山聖衆来迎図
画像出所:世界の歴史まっぷ https://sekainorekisi.com/glossary/%E9%AB%98%E9%87%8E%E5%B1%B1%E8%81%96%E8%A1%86%E6%9D%A5%E8%BF%8E%E5%9B%B3/

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