生老病死

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この世は、苦であると言われます。その苦は、生老病死の4つの苦であると仏教では定義されます。この四苦に、愛別離苦(愛する人と別れる苦)、怨憎会苦(にくい相手と会わなければならい苦)、求不得苦(求めるものが得られない苦)、五蘊盛苦(心と体が思うようにならない苦)の4つも加えて、四苦八苦と言われることもあります。

昔、生老病死の四苦の中で最大なものは、「死」だと思っておりました。この「死」と「老」や「病」を同列にするのは、どうかと疑問に思っていました。今でも、「死」が最大の苦であると言う考えには変わりありませんが、年を重ねるにつれ、「老」や「病」の重要性をひしひしと感じるようになりました。死ぬことへの恐怖は、大変なものですが、極楽浄土がその恐怖を緩和してくれると思います。

画像:生老病死
画像出所:photoAC

護王神社

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京都御所の近くに、イノシシで有名な護王神社があります。

ここに祀られているのが、和気清麻呂さん(733-799)です。清麻呂さんは、天皇なろうとしたあの道鏡さんの野望をくじきます。でも、道鏡さんの怒りをかい、足の腱を切られた上に、九州の山奥に流罪となります。さらに、その途上、道鏡の刺客が襲いかかるなど試練がありましたが、300頭ものイノシシが現れ清麻呂さんは救われます。道鏡さん失脚後、清麻呂さんは京都に復帰し大活躍します。さらに、足腰も治ります。

こうした故事から、イノシシと足腰の守護神として信仰されています。そのため、護王神社の拝殿には、霊猪像が置かれています。清麻呂さんは、以前10円札になりましたが、そのお札の裏には、イノシシが描かれています。

画像:護王神社
画像出所:護王神社 http://www.gooujinja.or.jp/

戒律

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仏教には、仏教教団の戒律は重要な要素です。上座仏教でもチベット仏教でも、それぞれの戒律を守っています。でも、日本では多くの出家者が妻帯肉食をしています。戒律はどうなったのでしょうか。

末木文美士氏によれば、日本の仏教の多くは、基本的には部派の律を採用しておらず、大乗戒を採用しているそうです。そして、これを採用し、日本に導入したのが最澄(766-822)さんだそうです。大乗戒にもいろいろな種類がありますが、最澄さんが採用したのは、梵網戒だそうです。他の律と比べますとたいへん緩いものです。

氏によりますと、元々大乗戒自体が、出家者の共同生活を行うための規則ではなく、世俗社会での信者(在家)が守るべきものとしての性質を有しています。また、具体的な規則ではなく、一種の精神的な心構えみたいものだそうです。氏の説を前提としますと、戒律については、出家者も私達のような在家者も同じになります。私達が、出家者と変わらないぐらい、極楽浄土へ行けることを示しているかもしれません。


参考文献
末木文美士(2013)『浄土思想論』春秋社

画像:最澄
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E6%BE%84

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仏教は、人生は苦であるということが前提になっています。この苦を脱することが、悟りに至ります。

ただ、人生確かに苦も多いですが、楽しいことも多いはずです。美味しいものを食べたり、映画を見たり、楽しいこともありますので、仏教は、ちょっと悲観的すぎるのではないかと思われる方もおられるかもしれません。

これは、原語(パーリ語)のdukkhaを苦と訳したことから来ています。確かに、苦も含まれますが、もう少し範囲が広いです。英語でも見てみますと、suffering、pain、unsatisfactoriness、stressなどです。日本語と同じように苦ではありますが、「不満足」が含まれています。つまり、快楽に対する不満足です。どのような快楽も、一時的です。また、人間の欲望として、どのような快楽を得ても、すぐ飽きてしまい、それ以上の快楽を求めてしまいます。美味しいものも、食べ続けることはできませんし、またどこかで飽きてしまいます。元々、欲望の対象は無常ですので、これを追いかけても満足はできません。

画像:苦
画像出所:photoAC

極楽浄土とパスカルの賭け

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極楽浄土は、存在するのでしょうか。死んでからのことなので、生きている人には証明できません。

こうした問題への対処として、フランスの哲学者パスカルが、その著書『パンセ』で語った「パスカルの賭け」が取り上げられます。これは、神が実在するかどうかの賭けで、賭け金は自分の人生です。神が実在するという方に賭けた場合、勝てば、永遠の生命と無限の喜びを得ることができます。もし、負けても、失うものは何もありません。

逆に、神は存在しないという方に賭けた場合、たとえ賭けに勝っても、現世の幸福だけしか得られません。死後、得られるものは何もありません。逆に負けたとき、来世の幸福をすべて失うことになります。

そのため、神が実在する方にかけた方が、有利だと言うことです。パスカルは数学者でもありますので、説得力があります。

画像:パスカル
画像出所:ウィキペディア 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%96%E3%83%AC%E3%83%BC%E3%82%BA%E3%83%BB%E3%83%91%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AB

死を忘れるな

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死生観が議論される中、よく死を見つめて生きることが説かれることがあります。人は、絶対に死にますが、日常、そのことを忘れています。自分の死を見つめることにより、日常の生活態度が変わることになります。例えば、毎日、些細なことで振り回されていることに気づくことができます。また、これまで漫然と生きてきたのが、自分の人生にとって何が大切なのかを意識して生きることができます。

よく引き合いに出されるのが、ラテン語のメメント・モリ(memento mori)で、「死を忘れるな」という意味で使われます(ただし、時代や信仰等によって様々な解釈があります)。こうした、死を見つめた生き方は、確かに、私達の人生訓として重要だと思います。

ただし、これで、死の問題が解決されたような論調には、疑問があります。この「死を忘れるな」で、結局死の恐怖から逃れられません。死の受容には至らないのです。やはり、極楽浄土が必要です。

画像:メメント・モリ絵画
画像出所:カラパイア http://karapaia.com/archives/52251168.html

『観心略要集』

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平安時代、『往生要集』の他にも極楽浄土を記載した書物はたくさんありますが、その一つとして『観心略要集』があります。

こちらも源信さんの著作だと言われていましたが、現在では、偽撰であることがコンセンサスです。そのため、作者はわかりません。内容は、天台宗の高度な理論によって、極楽浄土を証明しようとする試みです。極楽浄土や地獄の具体的な記述がある『往生要集』と違い、『観心略要集』は観念的です。また、修業の内容も天台宗の高度な修行法が述べられていますので、僧ではない私達には、難しそうです。

でも、ご安心ください。『観心略要集』で述べられる様々な修業は、極楽浄土に持ち越すことができます。まったく修業ができなくても、称名ができれば、往生ができることも述べられています。心強いですね。

画像:観心略要集
画像出所:京都大学 
https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/en/collection/zokyo/nichi-mi?page=1

広隆寺牛祭

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広隆寺の牛祭は、京の三大奇祭の一つに挙げられる変わった祭りです。残念ながら、現在は中断されています。

この祭りでは、紙でできた仮面を着けた摩多羅神が牛に乗り、四天王の鬼と共に巡行します。薬師堂前で読んだ後、参加者が罵詈雑言を投げかけます。そして、摩多羅神と四天王は堂内に駆け込むという変わった祭りです。

とくに奇妙なのは、この摩多羅神の様相です。摩多羅神はどんな神なのでしょうか。この祭りは、元々広隆寺境内にあった大酒神社が行っていましたが、明治の神仏分離で、大酒神社が出ていった後、広隆寺が引き継いでいます。この大酒神社の主祭神の一人は、秦の始皇帝です。『渓嵐拾葉集』では、天台宗の円仁が、中国で念仏を習得するときに助けたのが、この摩多羅神とされています。阿弥陀信仰と関連した中国の神様ということでしょうか。

ただ、摩多羅神と天台本覚思想との関係も指摘されています。天台本覚思想とは、迷いと悟り、娑婆と浄土等を同じとみなす現実肯定の思想です(詳細は、別の機会にご紹介します)。『渓嵐拾葉集』も本覚思想と関係が深いです。また、摩多羅神についてその他様々な説がありますので、今後、調べてみたいと思います。

画像:広隆寺牛祭
画像出所:京都観光Navi 
https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=1&tourism_id=1347

三宝荒神

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仏教の三宝(仏陀、法、僧)を守る神様に、三宝荒神がいらっしゃいます。インドの神様ではなく、日本独自ですが、修験道(山岳信仰)、神道、陰陽道、密教の要素が入ったハイブリッドな神様です。神様は、三面三眼六臂で、それぞれ如来荒神、麁乱荒神(そらんこうじん)、忿怒荒神(ふんぬこうじん)の三身です。つまり、顔が三つ、ひとつの顔に眼が三つ、手は6本となります。

この神様を祀る寺院や神社は、西日本を中心に沢山ありますが、その一つが、京都市上京区にあります護浄院です。近くに、「京の七口」の一つ「荒神口」がありますが、この名前は、このお寺から来ています。

京の七口とは、京都につながる街道の代表的な出入口を指しますが、実は、どの口を指しているか諸説あります。そのため、口は、七つ以上あります。

画像:護浄院
画像出所:京都観光Navi https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=7&tourism_id=288

人の恨みの恐ろしさ

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個人的には、『発心集』の中で1,2を争う怖い話があります。

ある僧の家に、橘の木があり、おいしい実がなっていました。その隣に、老尼が住んでおり、重病で何日もものが食べられない状況でした。どうしたことか、老尼は、橘の実を食べたいと思い、人をやって隣の僧にたのみました。でも、僧はひとつも渡しませんでした。老尼は、怒り、これまで浄土を目指していたのをあきらめ、橘の実を食べる虫になることを願い、亡くなります。その後、橘の実の中には、白い虫が入っていて食べられています。一つの実だけではなく、たくさんの実で同じ状態です。何年もこうしたことが続いたため、僧は、橘の木を切り倒してしまいます。

老尼は、たくさんの虫に生まれ変わったのかもしれません。それにしても人の恨みは、恐ろしいですね。また、橘の実で、浄土をあきらめてしまうのは、本当にもったいない気がしますが、これも人の心の不思議です。

画像:橘の木
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BF%E3%83%81%E3%83%90%E3%83%8A

『発心集』の教訓話

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『発心集』の中には、教訓譚のようなものもあります。その中の一つが、比叡山から下山してきた僧の話です。

河合神社のところで、3人の子供が言い争いをしています。理由を聞くと、神の御前で読むお経の名前を何というかでもめていたそうです。一人は「真経」、もう一人は「深経」、最後の一人は「神経」と言って引きません。僧は、「心経」という名前であることを子供たちに諭しました。子供たちは、争いを止めて、去っていきました。

僧は、そのあと、突然めまいがして倒れます。そして、夢の中で、神があらわれます。神が言うには、子供たちが言い争いをしていたのには、それぞれ根拠があり、興味深く聞いておられたそうです。それを、僧が決めつけたため、子供たちが話し合うのを止めて、去っていってしまったと残念がります。この説話に対して、長明さんは、神が仏法を尊んでいることのみに言及していますが、教訓としての解釈もありそうですね。教育に役立つかもしれません。

画像:河合神社
画像出所:下鴨神社 https://www.shimogamo-jinja.or.jp/bireikigan/

魚をいただくこと

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『発心集』に聖と魚の話があります。

ある聖が、琵琶湖で網打ち舟が大きな鯉を捕っているのを見かけました。鯉はまだ生きていて、ばたばたと音をたてています。聖は、かわいそうに思い、その鯉を買い取り、湖に帰してあげます。その夜、聖の夢の中に翁が現れます。翁は、今日助けられた鯉だと言い、聖を恨んでいると言います。良いことしたと思っていた聖は、怪訝に思いそのわけを聞きます。翁は、加茂社の供物になるはずであったと言います。自分は魚に生まれ、悟りを得る機会がないので、供物になることによって畜生道から抜け出そうとしていたそうです。それを、聖が邪魔したと説明しました。

以上が、概略ですが、畜生が食べられることによって、畜生道から出ることができるという論理は、比較的多く見られます。そう考えれば、生き物をいただいている私達の罪悪感も緩和されます。ただ、この論理は、娯楽としての狩りなどに適用されてきますが、これはちょっと危険な気がします。

画像:上賀茂神社
画像出所:上賀茂神社 https://www.kamigamojinja.jp/

熊野観心十界曼荼羅:老いの坂

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熊野観心十界曼荼羅は、仏・菩薩・声聞・縁覚の四聖界と、天上界・人間界・阿修羅界・餓鬼界・畜生界・地獄界の六道を併せた十界が描かれています。

この中で、人間界は、老いの坂として表現されています。スタートは赤子からはじまり、その子が成長し成人し、結婚し、子供を得、そして老いて亡くなるという人間の一生が描かれています。人の一生にあわせて、風景も変わります。若い時は桜や梅、成人期には松や杉、老いていくに従い紅葉から枯れ木になります。まさに、人生と四季とを対応させています。これを見ると、自らの人生を考えさせられますね。

別の見方をしますと、スタートとゴールとも異界に近いと考えることができます。つまり、子供と老人が異界に近い存在として考えられます。神様等、異界の住人は、子供や老人の姿を取ることも多いのは、この両者が異界と親和性があるからかもしれません。

画像:西大寺所蔵:熊野観心十界曼荼羅
画像出所:西大寺 http://www.saidaiji.jp/about/precinct-guide/kanjin-jikkai-mandara/

インド密教の儀礼

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前回お話しましたように、インド密教の瞑想は、瞑想者自らが、呼び出した尊格と一体となり、尊格を自由にあやつれるようになるというユニークなものです。こうした観想法を成就法と呼ばれるそうです。

森雅秀氏によれば、この成就法は、それ自体が密教の実践法として独立したものでありますが、儀礼の中にも取り入れられています。つまり、尊格自体を生み出してから、供養が行われます。このような成就法は、バラモン教やヒンドゥ-教の儀礼とは明らかに異質です。どちらかと言えば、シャーマニズムに似ています。

こうした成就法は、行者が、自分の身体の中から外に尊格を出して礼拝等を行う形態から、時代が下がるにつれ、行者自体が、尊格を中にとどめ、自身が尊格として儀礼を行う比重が高まっていったそうです。マンダラを用いる儀礼の場合、阿闍梨はマンダラの本尊と一体となり、本尊そのものとして儀礼を行うそうです。神秘的ですね。

参考文献
森雅秀(1997)『マンダラの密教儀礼』春秋社

画像:胎蔵界曼荼羅
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9B%BC%E8%8D%BC%E7%BE%85

インド密教の瞑想法

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今回は、森雅秀氏の本から、インド密教の瞑想法についてお話します。

瞑想の基本は、仏を観想する観仏です。これは、阿弥陀仏や極楽浄土を観想する、浄土教と似ています。ただ、インド密教は、単に仏を観想するだけではありません。三昧耶薩埵(さんまやさった)と智薩埵(ちさった)と呼ばれる二つのイメージを創出し、一体化させます。まず、行者は、自分の胸に月輪を思い浮かべ、そこに尊格固有の文字を置きます。そして、その文字から尊格のシンボル、そして尊格自体のイメージに至ります。この瞑想された尊格が、三昧耶薩埵と言われるものですが、仮の姿で、実在しません。

この三昧耶薩埵をのせた月輪が光を放ち、智薩埵を招きます。この智薩埵は、三昧耶薩埵と同じイメージですが、尊格自らが真の姿をとったものです。この智薩埵を三昧耶薩埵に挿入して、両者を一体にします。なんと、行者は、その結果、その尊格と一体であるという認識を持つとともに、その尊格を自由にあやつれるようになります。相当難易度の高い瞑想ですね。

参考文献
森雅秀(1997)『マンダラの密教儀礼』春秋社

画像:インド密教
画像出所:北日本新聞 https://webun.jp/item/7558792

蛸薬師堂(永福寺)

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京都の新京極に蛸薬師堂(正式名は永福寺)という、変わった名前のお寺があります。本尊も蛸薬師如来と呼ばれています。この名前は、昔この寺(当時は二条室町)の住職であった善光という僧の孝行譚に由来しています。

善光には、病気の母がおりました。懸命に看病しますが、病気はよくなりません。そんな中、母は、蛸が食べたいと言います。母思いの善光は、戒めに背き、蛸を買い、箱に入れて寺に持ち帰ろうとします。しかし、町の人々は、善光の様子を不審に思い、寺の門前で箱の中のものを見せるように言います。そこで、善光が一心に薬師如来に祈ったところ、箱の中の蛸が八軸の経巻となりました。町の人々が、これを見て、南無薬師如来と称えると、この経巻は再び蛸に戻り、池に入ってしまいました。池に入った蛸が、瑠璃光を放って善光の母を照らしますと、不思議なことに病気は治ってしまいました。

ありがたいお話です。でも、善光の母は、蛸を食べなかったのですね。

画像:蛸薬師堂
画像出所:京都観光Navi https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=7&tourism_id=471

仏教三系統と言語

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前回ご紹介した、上座仏教、大乗仏教、チベット仏教という三系統の仏教は、その経典の言語に特徴があります。上座仏教は、パーリ語が中心です。御存じのように、インドにはたくさんの言語がありますが、このパーリ語は、お釈迦様が使われていた言語に比較的近いと言われています。特に、スリランカや東南アジアに伝わったものは、パーリ語で現地の言葉に翻訳されていません。

中国に伝わった大乗経典は中国語に翻訳され、チベットに伝わった経典もチベット語に翻訳されているのとは、対照的です。ただ、この大乗経典を、日本では中国語のままで受容したのは、興味深いです。

私は、スリランカのお寺での読経や、タイのお寺でのチャンティング(詠唱)をやったことがあるのですが、パーリ語でした。ルビがふってあるので、それを読んだだけで、内容はまったくわかっていません。

画像:パーリ語仏教経典
画像出所:東京外国語大学 http://www.aa.tufs.ac.jp/i-moji/tenji/syousai/B08syousai.html

仏教の三系統

仏教の東方伝播.png

今回は、仏教の三系統について考えてみたいと思います。

まず、仏教自体、元々お釈迦様の教えだったのが、その死後、その教えが分化していきます。さらにインドから、他の地域へ渡っていくにつれて、伝わる仏教の系統が異なっていきます。インド仏教の中で、伝統的な上座仏教に対し、新興の大乗仏教が出現します。

上座仏教はパーリ三蔵に依拠するのに対し、大乗仏教は様々な経典を生み出します。この上座仏教は、スリランカや、ミャンマー、タイなどの東南アジアに伝播します。そのため、南伝仏教とも呼ばれます。

一方、大乗仏教は、中国、韓国、日本に伝わります。日本へは、中国を通して伝わることになります。そのため、北伝仏教と呼ばれます。中国には、実は上座仏教も伝播しますが、普及したのは大乗仏教のみでした。

同じ大乗仏教ですが、その中で密教の最終段階のものが、チベットに伝わります。日本にも密教は伝播しますが、チベットのものよりは、古い段階のものです。同じ仏教と言っても、この三系統は異なることも多いのですが、これが仏教の多様性とも考えられます。

画像:仏教の東方伝播
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99%E5%85%AC%E4%BC%9D

永遠主義と現在主義

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前回の場所によって時間が異なるという考えを拡張させますと、時間は空間と同じく一つの次元となります。そのため、過去、現在、未来のすべてが実在します。こうした考えを、ディーン・ブオノマーノ氏は、永遠主義と呼びます。永遠主義では、自分は今、空間内の一点に位置していますが、過去、未来といいた別の多くの点も存在していることを承知していることになります。

一方、これと対照的な考えが、現在主義です。現在主義は、現在のみが存在するという立場です。過去とはかつて存在したもので、未来とは未確定なものです。

両者の立場を端的に表しているのは、タイムマシーンについての考え方です。現在主義の立場からは、タイムマシーンは否定されます。存在しない時間は行けないからです。一方、永遠主義の立場からは、技術的なことは無視して、その可能性は否定されません。極楽浄土は、単純な比較はできませんが、この永遠主義と親和性が高いような気がします。

参考文献
ディーン・ブオノマーノ(2018)『脳と時間』森北出版

画像:時空
画像出所:Study-Z https://study-z.net/7136

他界と相対性理論

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前回でも触れましたが、私達は、どちらかと言えば、絶対的な時間の流れをイメージして生活をしています。

でも、アインシュタインの一般相対性理論によれば、様々な時間が存在します。時間は、場所によって違うのです。それは、同じ地球の中でもです。高いところほど時間の流れが速くなります。タワーマンションの最上階に住んでいる人は、低層のアポートに住んでいる人よりも時間の流れが速くなります。つまり、少しだけ老いるのが速くなるのです。

そうなのです。絶対的な時間の流れは、存在しないことになります。地球の中だけでも時間が異なっていますので、宇宙全体ではバラバラな時間が流れています。共通の時間というものがないのです。アインシュタインの説に従うなら、極楽浄土などの他界で異なった時間が流れていることは、正当化されます。

画像:アインシュタイン
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3

他界と時間

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私達が、時間をイメージするとき、すべての場所で同じ時間が流れていると考えます。地球でもそうですし、宇宙についてもそうです。私達が、こうした共通の時間の中で存在していると感じている人が多いのではないでしょうか。

でも、極楽浄土のような他界を考えますと、その時間の流れは、私達の存在する現世と違います。『往生要集』でも触れられていますが、地獄の時間は、現世と比べてとんでもないくらい長いです。

わかりやすい例が、浦島太郎の行った竜宮城です。人間界との時間の違いから、太郎が家に戻ったとき、誰も知っている人がいなくなってしまいます。そうなのです。他界には、違った時間が流れているのです。もし、宇宙全体で、絶対的な時間の流れを想定しますと、他界の存在が危うくなります。次回、この点についてもう少し考えてみます。

画像:浦島太郎
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E5%B3%B6%E5%A4%AA%E9%83%8E

双体道祖神

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新谷尚紀氏の説の最後です。前回、道祖神がケガレから、神になったお話をしました。

道祖神中には、性的な表現がされた道祖神もありますので、そうしたケガレを感じさせるものもあります。ただ、男女双体道祖神は、縁結び、夫婦和合、子宝授けの信仰があり、一部には性的な表現もありますが、どうしてケガレなのでしょうか。

実は、この男女が近親婚の禁忌を犯した兄と妹であるという伝承があります。昔、ある村に兄と妹がおり、二人は結婚相手を見つけるために旅に出ました。時も過ぎ、兄は、美しい女性に会い、結婚します。妻を連れて、故郷の村に帰る途中、妻は自分の夫が兄であることに気づくというお話です。そのため、双体道祖神はケガレの象徴として、村境に祓え出されて、神に変身したということになります。いっしょに生活してきたのにもかかわらず、自分の兄と妹がわからない兄妹がいるのかとは、思いますが。

参考文献
新谷尚紀(2000)「死とケガレ」『往生考-日本人の生・老・死』p.p.204-220.

画像:双体道祖神
画像出所:ちょっと寄り道・中山道ひとり旅 http://nakasendo.toma-m.com/god.html