人喰い地蔵

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京都聖護院にある積善院凖提堂に、人喰い地蔵と呼ばれるお地蔵さんが安置されています。なんとも怖い名前ですね。

以前からここにあったのではなく、野ざらしになっていた(現在の京大病院のあたりらしい)のを、このお寺に安置されることになりました。元々は、崇徳院の霊を慰めるために造られたお地蔵さんです。ご存知のように、崇徳院は保元の乱で敗れ、讃岐に流された上皇です。怨霊となって、京都をたたりましたので、三大怨霊の一人と言われることもあります(あと二人は、菅原道真と平将門)。

この崇徳院の霊を鎮めるため、白峯神宮などいくつかの神社等がありますが、このお地蔵さんもその一つです。崇徳院地蔵と呼ばれていました。この「すとくいん」が、いつのまにか訛って、「ひとくい」に変わってしまったそうです。怨霊のイメージがあったのかもしれませんが、お地蔵さんには失礼な話です。

画像:人喰い地蔵
画像出所:日本伝承大鑑 https://japanmystery.com/z_miyako/rakutou/hitokui.html

天台本覚思想の相即論

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天台本覚思想の特徴として、相即論があります。対立する二つの概念を、同じ(即)であると結びます。例えば、煩悩即菩提、娑婆即浄土などです。

元々人は悟っているという、迷いと悟りを同一視していますので、すべてが一体視されます。どこか、弁証法にも似ているかもしれませんし、対立する二つを単にイコールで結ぶだけでなく止揚の意味もあるかもしれません。

悟り等に対立するものは、できるだけマイナスの概念が選ばれます。そのマイナスのものに、真理を見ようとします。これは、インド密教の最終段階で、不浄なものに悟りを見ようとしたことにも似ているような気がします。人類の思想のクセなのか、様々な思想に、類似性があるように思います。

画像:ヘーゲル
画像出所:ウィキペディア 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B2%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%82%AF%E3%83%BB%E3%83%B4%E3%82%A3%E3%83%AB%E3%83%98%E3%83%AB%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%AA%E3%83%92%E3%83%BB%E3%83%98%E3%83%BC%E3%82%B2%E3%83%AB