延暦寺・三井寺の対立と妖怪

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平安時代中頃、比叡山では、円仁派と円珍派の対立が激化し、円珍派は三井寺に移ります。残った延暦寺(山門派)と出て行った三井寺(寺門派)は、その後永きにわたって、対立します。その対立は、思想的な対立から、政治的、武力的な対立に発展します。

その三井寺に、頼豪さんという僧が登場します。頼豪さんは、白河天皇の信任が厚く、戒壇の創設を願いでます。ところが、対立する延暦寺の妨害によって、実現しませんでした。怒り浸透の頼豪さんは、断食して亡くなります。『平家物語』の読み本や『太平記』によりますと、頼豪さんの怨霊は、鉄鼠というネズミの妖怪となって、延暦寺の経典を食い破ったそうです。

両寺の対立が、妖怪まで生み出したことになります。

画像:鉄鼠
画像出所:ウィキペディア 
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%89%84%E9%BC%A0