西アジアの来迎図

西夏帝国墓、寧夏.jpg

1909年、阿弥陀三尊来迎図が、元西夏帝国の首都で、その後死都となってしまったカラ・コトで発見されました。13世紀ごろの作品と言われ、エルミュタージ美術館所蔵になっています。

日本の同時代の来迎図に、極めて似ていることに驚きます。もちろん、中国を通じて来迎図の行き来はあったと思いますが、中国で来迎図が盛んだったのは、唐の時代で、4,5世紀前のことです。その後、日本と西アジアで独自の発展をしましたので、この類似性は興味深いです。来迎図に大きな影響を当与えた『観無量寿経』の中央アジア成立説も、納得できます。

ただ、日本の来迎図とカラ・コトの来迎図の違いは、日本のが、来迎が左から右への来迎ですが、カラ・コトのは、左から右です。日本の来迎図は、臨終者が極楽浄土に向かって北枕で西向きに寝ますので、こうした臨終行儀が影響を与えていると考えられますが、カラ・コトのはわかりません。カラ・コトに限らず、大陸系の来迎図は、左から右の来迎です。

画像:西夏帝国墓
画像出所:123RF

"西アジアの来迎図" へのコメントを書く

お名前
ホームページアドレス
コメント