比叡山延暦寺

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桓武天皇が、平安京に遷都するとき、寺院の影響力を排除するために、南都寺院の移転を許しませんでした。そのため、平安京での寺院は、当初、官寺である東寺と西寺だけでした。

そのころ、最澄さんは、比叡山で修行をしていました。この比叡山が鬼門に当たることから、桓武天皇は、これに注目しておられました。そのため、最澄さんは入唐還学生に選ばれ、8-9か月の留学を終え、比叡山で活動を起こします。そして、正式に天台宗が認められます。ただし、僧に戒律を与える受戒の権限は、南都に握られており、その権限が延暦寺に認められたのは、最澄さん没後でした。

その後、様々な盛衰はありますが、延暦寺は大きく発展します。

画像:最澄
画像出所:ウィキペディア
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%80%E6%BE%84

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