蛸薬師堂(永福寺)

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京都の新京極に蛸薬師堂(正式名は永福寺)という、変わった名前のお寺があります。本尊も蛸薬師如来と呼ばれています。この名前は、昔この寺(当時は二条室町)の住職であった善光という僧の孝行譚に由来しています。

善光には、病気の母がおりました。懸命に看病しますが、病気はよくなりません。そんな中、母は、蛸が食べたいと言います。母思いの善光は、戒めに背き、蛸を買い、箱に入れて寺に持ち帰ろうとします。しかし、町の人々は、善光の様子を不審に思い、寺の門前で箱の中のものを見せるように言います。そこで、善光が一心に薬師如来に祈ったところ、箱の中の蛸が八軸の経巻となりました。町の人々が、これを見て、南無薬師如来と称えると、この経巻は再び蛸に戻り、池に入ってしまいました。池に入った蛸が、瑠璃光を放って善光の母を照らしますと、不思議なことに病気は治ってしまいました。

ありがたいお話です。でも、善光の母は、蛸を食べなかったのですね。

画像:蛸薬師堂
画像出所:京都観光Navi https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=7&tourism_id=471

仏教三系統と言語

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前回ご紹介した、上座仏教、大乗仏教、チベット仏教という三系統の仏教は、その経典の言語に特徴があります。上座仏教は、パーリ語が中心です。御存じのように、インドにはたくさんの言語がありますが、このパーリ語は、お釈迦様が使われていた言語に比較的近いと言われています。特に、スリランカや東南アジアに伝わったものは、パーリ語で現地の言葉に翻訳されていません。

中国に伝わった大乗経典は中国語に翻訳され、チベットに伝わった経典もチベット語に翻訳されているのとは、対照的です。ただ、この大乗経典を、日本では中国語のままで受容したのは、興味深いです。

私は、スリランカのお寺での読経や、タイのお寺でのチャンティング(詠唱)をやったことがあるのですが、パーリ語でした。ルビがふってあるので、それを読んだだけで、内容はまったくわかっていません。

画像:パーリ語仏教経典
画像出所:東京外国語大学 http://www.aa.tufs.ac.jp/i-moji/tenji/syousai/B08syousai.html

仏教の三系統

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今回は、仏教の三系統について考えてみたいと思います。

まず、仏教自体、元々お釈迦様の教えだったのが、その死後、その教えが分化していきます。さらにインドから、他の地域へ渡っていくにつれて、伝わる仏教の系統が異なっていきます。インド仏教の中で、伝統的な上座仏教に対し、新興の大乗仏教が出現します。

上座仏教はパーリ三蔵に依拠するのに対し、大乗仏教は様々な経典を生み出します。この上座仏教は、スリランカや、ミャンマー、タイなどの東南アジアに伝播します。そのため、南伝仏教とも呼ばれます。

一方、大乗仏教は、中国、韓国、日本に伝わります。日本へは、中国を通して伝わることになります。そのため、北伝仏教と呼ばれます。中国には、実は上座仏教も伝播しますが、普及したのは大乗仏教のみでした。

同じ大乗仏教ですが、その中で密教の最終段階のものが、チベットに伝わります。日本にも密教は伝播しますが、チベットのものよりは、古い段階のものです。同じ仏教と言っても、この三系統は異なることも多いのですが、これが仏教の多様性とも考えられます。

画像:仏教の東方伝播
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BB%8F%E6%95%99%E5%85%AC%E4%BC%9D

永遠主義と現在主義

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前回の場所によって時間が異なるという考えを拡張させますと、時間は空間と同じく一つの次元となります。そのため、過去、現在、未来のすべてが実在します。こうした考えを、ディーン・ブオノマーノ氏は、永遠主義と呼びます。永遠主義では、自分は今、空間内の一点に位置していますが、過去、未来といいた別の多くの点も存在していることを承知していることになります。

一方、これと対照的な考えが、現在主義です。現在主義は、現在のみが存在するという立場です。過去とはかつて存在したもので、未来とは未確定なものです。

両者の立場を端的に表しているのは、タイムマシーンについての考え方です。現在主義の立場からは、タイムマシーンは否定されます。存在しない時間は行けないからです。一方、永遠主義の立場からは、技術的なことは無視して、その可能性は否定されません。極楽浄土は、単純な比較はできませんが、この永遠主義と親和性が高いような気がします。

参考文献
ディーン・ブオノマーノ(2018)『脳と時間』森北出版

画像:時空
画像出所:Study-Z https://study-z.net/7136

他界と相対性理論

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前回でも触れましたが、私達は、どちらかと言えば、絶対的な時間の流れをイメージして生活をしています。

でも、アインシュタインの一般相対性理論によれば、様々な時間が存在します。時間は、場所によって違うのです。それは、同じ地球の中でもです。高いところほど時間の流れが速くなります。タワーマンションの最上階に住んでいる人は、低層のアポートに住んでいる人よりも時間の流れが速くなります。つまり、少しだけ老いるのが速くなるのです。

そうなのです。絶対的な時間の流れは、存在しないことになります。地球の中だけでも時間が異なっていますので、宇宙全体ではバラバラな時間が流れています。共通の時間というものがないのです。アインシュタインの説に従うなら、極楽浄土などの他界で異なった時間が流れていることは、正当化されます。

画像:アインシュタイン
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%83%99%E3%83%AB%E3%83%88%E3%83%BB%E3%82%A2%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3

他界と時間

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私達が、時間をイメージするとき、すべての場所で同じ時間が流れていると考えます。地球でもそうですし、宇宙についてもそうです。私達が、こうした共通の時間の中で存在していると感じている人が多いのではないでしょうか。

でも、極楽浄土のような他界を考えますと、その時間の流れは、私達の存在する現世と違います。『往生要集』でも触れられていますが、地獄の時間は、現世と比べてとんでもないくらい長いです。

わかりやすい例が、浦島太郎の行った竜宮城です。人間界との時間の違いから、太郎が家に戻ったとき、誰も知っている人がいなくなってしまいます。そうなのです。他界には、違った時間が流れているのです。もし、宇宙全体で、絶対的な時間の流れを想定しますと、他界の存在が危うくなります。次回、この点についてもう少し考えてみます。

画像:浦島太郎
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%A6%E5%B3%B6%E5%A4%AA%E9%83%8E

双体道祖神

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新谷尚紀氏の説の最後です。前回、道祖神がケガレから、神になったお話をしました。

道祖神中には、性的な表現がされた道祖神もありますので、そうしたケガレを感じさせるものもあります。ただ、男女双体道祖神は、縁結び、夫婦和合、子宝授けの信仰があり、一部には性的な表現もありますが、どうしてケガレなのでしょうか。

実は、この男女が近親婚の禁忌を犯した兄と妹であるという伝承があります。昔、ある村に兄と妹がおり、二人は結婚相手を見つけるために旅に出ました。時も過ぎ、兄は、美しい女性に会い、結婚します。妻を連れて、故郷の村に帰る途中、妻は自分の夫が兄であることに気づくというお話です。そのため、双体道祖神はケガレの象徴として、村境に祓え出されて、神に変身したということになります。いっしょに生活してきたのにもかかわらず、自分の兄と妹がわからない兄妹がいるのかとは、思いますが。

参考文献
新谷尚紀(2000)「死とケガレ」『往生考-日本人の生・老・死』p.p.204-220.

画像:双体道祖神
画像出所:ちょっと寄り道・中山道ひとり旅 http://nakasendo.toma-m.com/god.html

穢れと神

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前回に続き、新谷尚紀氏の説のご紹介です。

氏によれば、死はケガレであり、これが「祓え清め」によってカミになる。つまり、カミはケガレから生まれることになります。こうした関係について、氏は4つの民俗例を紹介します。

まずは、御賽銭です。私達は、神聖な神様に、硬貨を投げ込んでいます。普通、人にものを渡す際、投げて渡すのは、失礼な行為です。それを私たちは、お金という俗なもので、神様に対してやっていることになります。これは、貨幣が私たちのケガレを吸収して、神社がそのケガレを祓え清めるからだそうです。次に、正月、節分など年越しの祓え清めに、儀礼的表象として登場するナマハゲやトシドンです。この場合、ナマハゲやトシドンが人々のケガレを背負い、祓う役割を担っています。また、村境に祀られる道祖神もケガレた存在から、神になったものだそうです。道祖神については、次回お話します。最後に、氏は、忌むべき水死体が、漁村では逆にヱビス神として祀られているという例を紹介しています。

日頃、当然だと考えていたことも、視点を変えると様々なことが見えてきますね。

参考文献
新谷尚紀(2000)「死とケガレ」『往生考-日本人の生・老・死』p.p.204-220.

画像:ナマハゲ
画像出所:男鹿なび https://oganavi.com/news/2019/12/26113410/

死者と霊魂

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今回は、民俗学の視点から、新谷尚紀氏による死者と霊魂についての説をご紹介します。

氏は、霊魂を二つに分類します。一つは普通の死者の霊魂、もう一つは非業の死をとげた死者の霊魂(怨霊)です。ただ、普通の死者の霊魂であっても、死んで間もない新しい霊魂は、荒ぶる危険な存在だと指摘します。そのため、どちらも祀られることによって、害をなす存在から生者を守護する存在へと変化します。その変化した霊魂は、次のように類型化されます。

祖霊(例:家ごとの先祖諸霊)
無縁霊(例:無縁仏、餓鬼仏)
御霊(例:北野天神、和霊神社)
尊霊(例:豊国大明神、東照大権現、明治神宮)
英霊(例:靖国神社、護国神社)

そして、祖霊、無縁霊が仏教思想と関係が死者の成仏であり、御霊、尊霊、英霊が神道思想と関連の深い死者霊の神格化であると指摘されています。

お参りすることによって、怖い存在から守護者になるのですね。

参考文献
新谷尚紀(2000)「死とケガレ」『往生考-日本人の生・老・死』p.p.204-220.

画像:山中他界
画像出所:pro.foto

三年坂(産寧坂)の都市伝説

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観光スポットの清水寺の近くに、三年坂があります。産寧坂とも呼ばれ、この場合、清水寺系の子安観音へ「お産が寧かでありますように」と祈願しながら登ったと言う説があります。

三年坂は、いつも観光客でいっぱいで、気をつけないと、転んでしまいそうです。でも、絶対に転ばないようにしてください。都市伝説では、三年坂で転ぶと三年以内に亡くなるそうです。この都市伝説の元になる資料は、わかりません。だから、都市伝説なのかもしれませんが。

でも、安心して下さい。転んでも助かる方法があります。厄除けのひょうたんを持てば、魂が抜けるのを防ぐことができるそうです。近くに、「瓢箪屋」があり、ここで厄除けのひょうたんを買うことができます。都市伝説よりも商売根性の方が怖い気がします。

画像:三年坂
画像出所:京都観光Navi https://ja.kyoto.travel/glossary/single.php?glossary_id=388

赤山禅院

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比叡山の南西山麓に、延暦寺系の赤山禅院があります。

ここで祀られているのは、仏様ではなく、神様、それも中国の陰陽道の祖神です。延暦寺第三世天台座主、円仁(794-864)さんが、遣唐使で唐に居た時、その行程を守護したのが、陰陽道の祖神とされる赤山大明神(泰山府君)だったそうです。円仁さんが感謝し、赤山禅院を建立しようとされました。実際の建立は、第四世天台座主、安慧さんによって行われました。

赤山禅院は、御所から鬼門である東北に位置しているため、表鬼門を守護する方除けを担っています。そのため、表鬼門を守護する鬼門除けの猿の像が置かれています。申年は、鬼門とは反対の方角である西南西を指しますので、猿が邪気を払う力を持っているとされています。ただし、この猿は、檻に入れられています。かつて、夜に暴れていたため、閉じ込められたそうです。

画像:赤山禅院
画像出所:赤山禅院 http://www.sekizanzenin.com/yuisho.html

根之堅洲國・根国

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『古事記』では「根之堅洲國」(ねのかたすくに)等、『日本書紀』では「根国」(ねのくに)等と呼ばれるところです。

この位置づけが難しいです。スサノオノミコトが、母イザナミノミコトに会いに根之堅洲國に行きたいという記述があります。そうすると、黄泉国の別名かというとそうでもなさそうです。

大国主は、この根之堅洲國で、スサノオノミコトと会います。大国主は二度死に、二度蘇生しますが、蘇生後、根之堅洲國に行っていますので、死んで行ったわけではありません。また、大国主は、スサノオノミコトの娘と結婚します。結婚があるなど、どうも黄泉国と違うような気がします。また、そもそもスサノオノミコトは、ここで娘をもうけていることになります。死のイメージから遠い他界のように思われます。

画像:スサノオノミコト
画像出所:Renaissancejapan https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1280.html

高天原

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『古事記』や『日本書紀』の他界観について、以前、黄泉国のお話をしましたが、今回は、高天原(たかまがはら)です。

これは、まさに天界で、「天つ神」がおられる世界です。ただ、六道の天界とは、似ているところもあれば、異なっているところもあります。高天原から神様が降りて来られて、国造りが行われます。神様の世界でありますが、人は死んでも行くことはできません。

また、神様も不死かというと、そうではありません。イザナミノミコトや天稚彦(あめわかひこ)など、亡くなります。ただし、亡くなる場所は、高天原ではなく、地上界です。死穢が避けられる世界なのかもしれません。私達にとっては、見ることもできない遠い世界です。

画像:天
画像出所:pro.foto

陽成院

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陽成天皇が帝を辞された後の邸宅が、陽成院です。現存しませんが、京都市中京区東夷川町辺りです。

『源氏物語』は、この陽成院を二条院に想定していると言われており、興味をそそられる場所であります。

でも、ここには妖怪物語があります。『宇治拾遺物語』では、この場所に化け物が住んでいると記されています。あるときの真夜中、一人の老人が、警護の者に話しかけます。自分は、昔からここに千二百年住んでいる浦島太郎の弟で、ここに社を造り、自分を祀るよう言います。警護の者が、自分の一存では難しいと答えると、その老人は、巨大化し、その警護の者を蹴り上げ、一口で食ってしまいました。

『源氏物語』の二条院と妖怪物語、対照的なお話のある場所です。

画像:陽成院跡
画像出所:FOURSQUARE

秦氏と社寺

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平安時代、多くの渡来人が活躍をしましたが、その一つが秦氏です。

秦氏は、秦の始皇帝を祖先に持つという伝承もありますが、実際は新羅からの渡来人とされています。絹織物生産で大きな富をなしました。

京都にある多くの寺社の中に、秦氏由来の寺社がいくつかあります。そのひとつが、広隆寺です。広隆寺の前身の寺では、新羅渡来の尊像が安置されていたと言われています。神社では、松尾大社が有名です。確かに祭神は、日本古来の神様でありますが、実際は秦氏の祖霊崇拝がなされていたとされています。実際、松尾大社の神官は明治まで秦氏の子孫が務めてきました。

広隆寺、松尾大社以外にも、月読神社、大酒神社なども秦氏との関係が指摘されています。

画像:広隆寺
画像出所:京都観光Mavi https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=7&tourism_id=284

京の埋葬地

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平安京の時代、京の主な埋葬地は、東の鳥辺野、北の蓮台野、西の化野ですが、これらは皇族や貴族の埋葬が中心です。一般庶民は、鴨川原に死体を遺棄することが多かったそうです。とくに山上以南には、数多くの遺骸が捨てられていました。現在の鴨川からは、想像ができませんね。

もちろん、朝廷は、一般庶民に対して、別の場所を埋葬地として鴨川原での死体遺棄を禁止します。それでも、鴨川原での死体遺棄は、無くならなかったそうです。そのため、963年、空也さんが、鴨川で死者の追善供養を行ったことが伝えられています。

画像:鴨川
画像出所:LINEトラベル https://www.travel.co.jp/guide/article/26004/

殯(もがり)

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古代日本で行われていた埋葬儀礼に、殯(もがり)があります。

死者を埋葬するまでの間、遺体を納棺して、安置し、儀礼を行います。目的は二つありまして、一つは、死者の冥福を祈ることです。もう一つは、外から侵入者から死者を守ることです。野良犬などの動物から物理的に死体を守ることもそうですが、邪悪な霊を近づかせないようにすることだそうです。

現代でも、こうした殯の風習の一部が残っているとも言われています。例えば、ある地域では、死者の胸に刃物を置く習慣があるそうです。これは、死者に邪霊が近づかないようにするためです。

画像:仲哀天皇殯斂地
画像出所:FOURSQUARE

魂と心

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現代の私たちからしますと、魂と心はほぼ同じものとして考えています。でも、古代では、両者は分けて考えられていました。

その名残として、琉球語では、魂をマブイ、心はキムと呼ばれ、区別されています。マブイは、ショックで身体から出てしまうことがあり、これが身体に戻ってこないと、病気になってしまうと考えられていました。言い換えますと、短期的には、魂がなくても生きていけることになります。一方、キムは肝のことで、心、精神、感情などを表します。

魂と心を分離して考えますと、魂は別の人格を持つのかもしれません。中世、様々な生霊の話が出てきますが、これはこうした魂と心のとらえ方から来ているのかもしれません。

画像:首里城
画像出所:Nippon.com https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00578/

ピンチのときにすがる仏様

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命にかかわる危険な状況で、どの神様や仏様にすがるでしょうか。やはり、観音菩薩の人気が高いです。

『今昔物語集』で、近江の国安義の橋で鬼に遭遇するお話があります(巻27第13話)。当時、この橋には鬼が出るといううわさがあり、誰も通りません。そうした中、ある男が宴席で、不本意にも見栄から、その橋を渡る約束をしてしまいます。その男は、馬でその橋を渡りますが、橋の上で一人の女性に会います。最初話しかけようとしますが、鬼だと気づき、急いで逃げます。鬼は追いかけてきますが、そのときに男は「観音助け給え」と念じます。やはり、様々な場面での人々の救済を誓った観音菩薩は、皆から頼りにされます。男は無事逃げることができました。

その後、男は陰陽師をたより鬼から身を守ります。ただ、残念ですが、最後には鬼に殺されてしまいます。

画像:観音菩薩像
画像出所:奈良国立博物館 https://www.narahaku.go.jp/collection/952-0.html

阿修羅

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六道の一つが阿修羅界ですが、日本人にとっては、最もなじみの薄いものだと思われます。ランクは、人間界と畜生界の間にあります。

ただし、阿修羅の力は、人間を超え天界に匹敵しますが、人間界よりも下にランクされます。それは、神と同じような力を持ちながら、乱暴で好戦的な性格からきているのかもしれません。

阿修羅は、須弥山の周りの海の中に住み、天界の神たちとも抗争を続けています。阿修羅の中で有名なのが、ラーフラ・アスラで、数々の乱暴狼藉の話が伝えられています。

画像:阿修羅像
画像出所:興福寺 https://www.kohfukuji.com/property/b-0009/