臨終行儀と密教2

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前回に続き、臨終行儀と密教の関係です。ジャクリーン・I・ストーン氏によると、密教の真言や陀羅尼には悪害や業の妨げを除去する効果があると考えられていたため、臨終において観想的な面と呪術的な面の両方に用いられていたと考えられます。

例えば、皇后歓子は、死に際し、臨終正念のため、虚空蔵菩薩の名を唱え、大威徳明王の修法を行うよう命じたそうです。また、大江音人卿は、臨終時に、尊勝大仏頂陀羅尼を7回唱えたそうです。さらに、高野山の阿闍梨維範も、臨終正念のため、弟子たちに尊勝大仏頂を供養する護摩行をさせました。

こうなってくると、なんでもありの様相ですね。効き目があると思われれば、密教であっても、顕教であっても取り入れるということです。これが、貴族だけでなく、仏教の知識のある出家者でも同様だったことが興味深いです。それほど、当時の人々は、極楽浄土にあこがれていたのでしょう。

参考文献
ジャクリーン・I・ストーン(2020)「往生の秘訣-平安日本の臨終行儀-」、『現世の活動と来世の往生』臨川書店

画像:密教法具
画像出所:東寺 https://toji.or.jp/kukai/

臨終行儀と密教

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臨終行儀と密教は、臨終行儀が阿弥陀仏中心、厭離穢土欣求浄土であるのに対し、密教は大日如来中心で即身成仏を目指すため、その関係性は薄いように思われます。ところが、ジャクリーン・I・ストーン氏は、両者の関係の深さを指摘します。

例えば、密教経典『理趣経』の注釈書では、阿弥陀仏の真言「フリーヒ」について詳しく説明され、この真言を保持することで、来世で極楽浄土に最も高い位で往生できると説いています。また、儀礼本『無量寿儀軌』では、死後極楽浄土に生まれるための、印や真言を伴った観想の儀礼が紹介されています。

それほど、当時は、多くの人々に極楽往生が人気であったのでしょう。そのため、密教側も、そうした人々の要求に答える必要があったのかもしれませんね。

参考文献
ジャクリーン・I・ストーン(2020)「往生の秘訣-平安日本の臨終行儀-」、『現世の活動と来世の往生』臨川書店

画像:法然聖人伝絵
画像出所:東京国立博物館 https://www.tnm.jp/modules/rblog/index.php/1/2011/11/18/法然と親鸞展みどころその2/

十三まいり

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関西では、七五三の後も「十三まいり」があります。

京都の観光の名所嵐山に、法輪寺というお寺があり、このお寺で、十三まいりが行われております。ご本尊の虚空蔵菩薩は、智恵・福徳の仏様です。そのため、知恵を授かるという意味があります。幼くして帝位についた清和天皇が、数え年十三歳になったとき、法輪寺で勅願法要を催したのがはじまりです。

十三まいりをする子供は、漢字一字を一字写経として虚空蔵菩薩に奉納します。私は、「友」と書いたことを覚えております。

参詣の帰路、本堂を出たあと、後ろを振り返るとせっかく授かった智恵が帰ってしまうと言われています。そのため、参拝した子供は、渡月橋を渡り終わるまでは、後ろを振り向いてはいけません。当時、私は結構緊張したことを覚えております。

画像:十三まいり
画像出所:法輪寺 https://www.kokuzohourinji.com/events.html#jusan

角大師

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先日、偶然「角大師」の御札を玄関に貼っている家を見ました。

「角大師」は、第18代天台座主良源さんを指します。良源さんは、命日が正月3日であることから、「元三大師」とういう通称もあります。その他、「慈恵大師」、「豆大師」、「厄除け大師」といった呼び方もあり、様々な面で信仰を集めています。また、良源さんは、比叡山延暦寺の中興の祖であると同時、おみくじを始めた人としても有名です。

「角大師」は、二本の角がある鬼の姿で表現されています。これは、良源さんが、疫病神を鬼の姿で追い払ったという伝説から来ています。「角大師」は、魔除けの護符として、京都の民家で貼られていました。現在、コロナ感染拡大防止を願い、この護符が復刻されています。

画像:元三大師と角大師
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%89%AF%E6%BA%90

人とAI

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今回は、仏教から外れます。人は、過去から未来を予想する能力を身につけ、発展したとお話ししました。

この能力、何かに似ていませんか?そう、AI(人工頭脳)です。AIにブレークスルーをもたらしたのは、ディープラーニング(深層学習)です。これは、人の脳のニューラルネットワークを真似たものです。そう、AIも結局は、人の能力の延長線にあるものです。人が創造したものですから、当然かもしれません。

過去から未来を予測することは、ある程度AIに任せて、私達は、「今」を楽しむのも良いかもしれません。

画像:PAKUTAS

マインドフルネスの効果

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マインドフルネスについては、心理療法等、様々な分野で注目されています。私は専門家では、ありませんので、そのメカニズムについてはわかりません。ただ、「今ここに」ということに気づくことは、重要だと考えます。

以前もお話ししましたが、人は進化の過程で、過去から将来を予想する能力を身につけました。その結果、他の動物と違い、大きな発展を遂げます。農作を行い、将来に備えて、その農作物を貯蔵するなどは、典型例です。

こうした能力は、副作用をもたらします。四六時中、過去と未来のことばかり考えてしまいます。そして、その多くは、後悔や不安を伴うものです。例えば、天気の良い日に、公園を歩いていても、素晴らしい景色を楽しむのではなく、過去の失敗を思い出して悔いたり、将来のことを心配します。

もちろん、過去の失敗に学び、将来のリスクを予見して、事前に対策を打つというプラス面がありますが、ほぼ一日中、過去と未来に悩まされるのはどうなのでしょうか。マインドフルネスで、「今ここに」を認識することは、価値があるように思います。

画像出所:PAKUTAS

マインドフルネス

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瞑想は、仏教やヨーガ以外でも盛んです。欧米、とくに米国では、マインドフルネスとして、瞑想が行われています。

マインドフルネスとは、気づきで、「今ここに」を認識することです。人は、ほとんどの時間、今を感じていなく、過ぎ去った過去を後悔したり、まだわからない未来を心配しています。こうした後悔や心配は、無駄になることがほとんどです。マインドフルネス瞑想では、そうではなく、「今ここに」あることを気づくことを行います。

仏教では、こうした気づきは、無我を認識したり、悟りのためのステップとして行われます。マインドフルネスは、この気づきの力を、日々の生活や仕事に生かそうとします。実際、グーグルなどは、企業研修に取り入れています。シリコンバレーとは、相性が良さそうですね。

画像出所:PAKUTAS

チベット仏教の瞑想

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前回お話ししましたように、座禅はまったくダメでした。

そこで、チベット仏教の瞑想にトライすることにしました。チベット仏教の参加者は、実は西洋人が多いです。そのため、瞑想は椅子に座って行います。少なくとも、私が参加したところはそうでした。

これで、私でも瞑想に集中できます。最初の指導は、呼吸に集中して、何も考えないようする瞑想でした。何も考えようにしたら、お恥ずかしながら、寝てしまいました。次は、青空をイメージして瞑想するものでしたが、これも寝てしまいました。

画像出所:PAKUTAS

瞑想

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仏教と瞑想は、密接に関連しています。その中で、日本の禅は世界的にも有名です。

座禅を経験された方も多いと思います。私も何度かトライしましたが、まったくダメでした。身体が固すぎて、両足を組み合わせて、両腿の上にのせる結跏趺坐は、絶対にできませんし、片足のみをのせる半跏趺坐も無理です。あぐらをかくことさえ、難しいです。中途半端なあぐらなので、前かがみとなり、背筋がのびません。お坊さんには、何度も注意を受けましたが、物理的に無理です。瞑想どころではありません。

画像出所:PAKUTAS

深泥池(みどろがいけ)

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京都の深泥池は、もともと地蔵信仰の厚い地域です。平安時代に小野篁が彫ったとされる地蔵像があったためです。深泥池地蔵と呼ばれていました。地蔵堂におさめられ、地域の人々の信仰を集めていました。

ただ、明治時代の神仏分離政策で、深泥池地蔵は危機をむかえます。この地域は、上賀茂神社の所轄でしたので、神社と分離させるため、深泥池地蔵は鞍馬口の上善寺に移されてしまいます。でも、その後、地域の人の努力で、五条の十念寺から地蔵像が奉納され、地蔵堂に安置されました。二代目深泥池地蔵です。

近年、深泥池は心霊スポットとして注目を集めています。タクシーが女性を乗せると、深泥池まで行くよう言われます。着くと、後ろには、女性の姿がなく、シートが濡れていたという定番の話です。

画像:深泥池
画像出所:京都市 https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005655.html

般若

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今回は、渡辺章悟氏の論文を参照して、「般若」について考えてみたいと思います。

『般若心経』等で使われる般若とういう語ですが、インドの語を音写したものです。サンスクリットではパラジュニャー、パーリ語ではパンニャーになります。日本語では、「智慧」とされることが多いです。

仏教では、この智慧は、学習され、集積される知識ではなく、法(ダルマ)をありのままに観ずるものです。悟りの智慧となります。仏教徒にとって、般若はあらゆるものの中で、最高の徳を持つものになります。私もぜひ智慧を身につけたいです。

参考文献
渡辺章悟(1996)「プラジュニャー再考-ウパニシャッドから仏教へ-」『東洋学論叢』(21)p.p.76-90.

画像出所:PAKUTAS

もう一つの梵界

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以前、梵界についてお話ししました。

梵我一如の結果、輪廻から解脱して到達できる世界です。苦は一切ないですが、宇宙と一体になった状態ですので、個人的な意識はありません。ただ、この梵界も、別の意味で解釈されることもあります。

ブラフマンは、宇宙の最高原理ですが、祀られるには、像などが造れず、不都合です。そのため、ブラフマンは、人格神ブラフマー(梵天)に変化します。この梵天のいる世界が、梵界と解釈されることもあります。

この梵界は、壮麗な城や自然があります。これは、何かに似ているでしょう。そう、阿弥陀仏のおられる極楽浄土です。もちろん、梵界の定義は、解脱の境地と梵天の世界の二つにきれいに分かれおらず、ミックスされることも多いです。

画像:梵天
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/梵天

大将軍八神社

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清明神社以外にも、陰陽道の神社があります。京都市上京区にあります大将軍八神社です。

平安京遷都の時に、陰陽道に基づき、方位の厄災を防ぐために建てられた大将軍堂が始まりです。ただ、明治時代の神仏分離の中で、正式な祭神は、スサノウの尊とその後子8柱となりました。

それでも、陰陽道を色濃く残しております。特に、重要文化財に指定された、80体の神像を所蔵しておりますのは、大変貴重です。

大将軍八神社の隣りに、大将軍商店街がありますが、妖怪ストリートと呼ばれています。各商店で、それぞれ工夫を凝らした妖怪の像が飾られています。

画像:大将軍八神社
画像出所:大将軍八神社 http://www.daishogun.or.jp/

清明神社

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前回に続き、陰陽道です。

清明さんは、現在、京都の清明神社で神として祀られています。陰陽師の神社ですので、魔除け、厄除けが中心です。境内には、先代の戻橋の親柱を移して、再現されています。清明さんが、この戻橋の下に12の式神を隠していたという伝説や、清明さんが殺された父親をここで蘇生させたといった伝説があります。

また、境内には、式神の石像や厄除桃など、普通の神社では見られないものが多くあります。

画像:清明神社
画像出所:清明神社 https://www.seimeijinja.jp/guide/

陰陽道

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仏教、神道だけでなく、平安時代、貴族社会で信仰を集めたのは、陰陽道です。中国からの天文学を基に、道教、仏教、神道を吸収して日本独自の陰陽道が成立します。特に、怨霊への恐怖が高まった平安時代に、御霊信仰と結びつき、大きく発展します。

この陰陽道のスーパースターは、ご存知の安倍清明(921-1005)さんです。ただ、清明さんが大活躍されるのは、意外と晩年です。天皇や藤原氏から、大きな信頼を得ることになります。

晩年からの活躍ですが、清明さんは、なんと83-4歳まで生きられたので、たくさんの逸話を残されています。当時80歳以上生きられる人は、ほとんどいなかったと思います。さすが、陰陽師ですね。

画像:陰陽道
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/陰陽道

梵我一如再考

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以前、ウパニシャッド哲学の梵我一如についてお話ししました。宇宙原理であるブラフマンと、個人に内在する本質、霊魂であるアートマンが合一するとする思想です。

ただ、ウパニシャッドを研究する人の中には、別のとらえ方をされる方もいます。湯田豊氏は、梵我一如は、フリードリヒ・マックス・ミュラーやパウル・ドイセンといったウパニシャッドを紹介した西洋の学者の解釈であると主張します。氏によれば、ブラフマンもアートマンも区別されないことになります。つまり、宇宙に存在する唯一のものがあり、それがブラフマンと呼ばれたり、アートマンと呼ばれたりするだけです。ただこの解釈でも、個人と宇宙がつながることになることには変わりがないように思います。

参考文献
湯田豊(1976)「梵我一如とウパニシャッド」『印度学仏教学研究』1号 p.p.176-179

画像:ミナークシ寺院
画像出所:エービーロード https://www.ab-road.net/asia/india/madurai/guide/14240.html

神様の宝庫、白峯神宮

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白峯神宮は、スポーツの守護神として有名ですが、実は様々な神様が祀られています。

まず、崇徳天皇です。保元の乱で敗れ、隠岐に流され、悲劇の最後を遂げられた崇徳天皇は、長い間怨霊として恐れられていました。明治天皇の父である孝明天皇は、崇徳天皇の御霊を京都に迎えたいと思われました。明治天皇が、その意志を継ぎ、蹴鞠の公卿宗家であります飛鳥井家の邸宅跡地に、社殿で造られます。その後、崇徳天皇と同じように、淡路島で不幸な最後を遂げられた淳仁天皇の御霊も迎えられました。現在、白峯神宮の御祭神は、このお二人の天皇です。

ただ、蹴鞠宗家の邸宅跡地ですので、元々、「まり」の守護神、精大明神が祀られておりました。それを白峯神宮が、引き継いでいますので、サッカーの御利益があります。また、崇徳天皇とともに保元の乱で敗者となった源為義、為朝も祀られていますので、武道も期待できます。

画像:白峯神宮
画像出所:白峯神宮 http://shiraminejingu.or.jp/

千本釈迦堂(大報恩寺)と「おかめ」

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京都のお寺の多くは、応仁の乱などの戦火により何度も建て替えられています。そんな中、奇跡的にこうした戦火を逃れ、約800年の歴史を刻み、京都市最古の木造建築を残しているのが、千本釈迦堂です。もちろん、国宝です。

このお寺の境内に「おかめ塚」があります。そう、お面で有名な、あの「おかめ」です。これには、悲しい伝説があります。

おかめは、本堂建築を行った大工の棟梁の妻です。棟梁は、建築で問題を抱えますが、おかめのアドバイスで、解決できます。しかし、おかめは、素人の自分のアドバイスで棟梁が仕事を完成したしたと言われるのは、夫の恥と思い、上棟式の前に自害してしまいます。自害しなくてもと思うのは、私だけでしょうか。お寺も中には、全国から奉納された、おかめの置物やお面が、展示されています。

画像:おかめ塚
画像出所:Tripadvisor https://www.tripadvisor.jp/LocationPhotoDirectLink-g298564-d1386079-i171267521-Sembon_Shakado-Kyoto_Kyoto_Prefecture_Kinki.html

梵天勧請

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梵我一如でご紹介した、宇宙の最高原理であるブラフマンは、宗教的崇拝の対象として、神格化されます。それが、ブラフマー神、仏教では、梵天と呼ばれます。

悟りを開いたお釈迦様は、この教えを人々に伝えるかどうか、悩まれます。そこで、梵天が、お釈迦様にその悟りの内容を皆に説くよう、何度も頼みます。そして、お釈迦様は、教えを広めることを決心します。これが梵天勧請です。

宇宙の最高原理に何度も頼まれるとは、お釈迦様、すごいですね。ブラフマー神は、ヒンドウー教では、ヴィシュヌ神、シバ神とともに三大神として信仰されています。

画像:梵天勧請
画像出所:念佛宗無量壽寺 http://buddhalifestory.nenbutsushu.org/gogen/pg1807.html

インドの神様と梵界

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天界が、輪廻の最上界でしかなく、天界を超越した梵界の出現で、天界を司る神様の立場が悪くなってしまいます。人々は、天界ではなく、梵界を目指し始めますので、神様への信仰が揺らぎます。そして、私達人間と同様、神様自体、絶対的な存在から、迷える存在になります。

同様なことは、日本でも起こりました。日本の神様も、仏教が伝来して、迷える存在として、仏教に帰依して、悟りを目指すことになります。逆に神様が、身近な存在になったのかもしれませんね。

画像:インドラ
画像出所:123RF https://jp.123rf.com/photo_83124680_%E3%83%92%E3%83%B3%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%BC%E6%95%99%E3%81%AE%E7%A5%9E%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%A9-nanjangud%E3%80%81%E5%8D%97%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AE-srikantheswara-%E5%AF%BA%E9%99%A2%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%BD%AB%E5%88%BB%E3%80%82.html