テーマ:京都観光

上御霊神社

上御霊神社は、863年、神泉苑の御霊会で慰霊された、早良親王、伊予親王、藤原吉子、藤原仲成、橘逸勢、文屋宮田麿らの六所御霊が祀られました。これは、以前ご紹介した下御霊神社と同じです。 ところが、その後、祭神のうち伊予親王と藤原仲成が、井上大皇后と他戸親王に変わりました。理由はよくわかりません。また、火雷神と吉備大臣が追加さ…
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井戸の底の不動明王

京都駅の近くに、不動堂明王院というお寺があります。このお寺には、空海さんが、霊石に不動明王を彫刻し、石棺に納めて、井戸の奥底深くに安置したと伝わっています。この地が、東寺の鬼門(東北)に当たるためです。 井戸の底なので、見ることができず、ただ想像するだけです。また、宇多上皇が、信仰から、勅命でこの井戸を封じられていましたの…
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寺社の縁起

寺社の縁起がどのように変遷していくかについて、考えてみたいと思います。 一つの例として、以前ご紹介した吉田寺を挙げます。吉田寺は、江戸時代に廃寺になって現在は存在しません。笹川尚紀氏によれば、13世紀後期、吉田寺は、吉備真備さんによって建立されたと伝わっていました。吉備真備さんは、右大臣にまでなられた方ですので、寺の格とし…
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銀閣寺

正式名称を東山慈照寺といいます。金閣寺とともに、臨済宗相国寺の塔頭寺院の一つです。 よく、室町幕府八代将軍の足利義政さんによって造られたお寺ということが言われますが、義政さんが造営した山荘東山殿が、義政さんの死後、お寺になったものです(金閣寺も三代将軍義満さんが造営した北山殿が、義満さんの死後お寺に成っています)。観音殿(…
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野宮神社

京都の嵯峨野に、古い伝統のある野宮神社があります。未婚の内親王(親王宣下を受けた天皇の皇女)等から、天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする斎王が選ばれました。この斎王が、伊勢へ行く前に身を清めたのが、この野宮神社でした。現在では、良縁と『源氏物語』で有名です。 『源氏物語』では、光源氏が六条御息所と最後の逢瀬を重ねたのが、この野…
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等持院

等持院は、足利尊氏さんが、足利氏の菩提寺である等持寺も別院として建立されました。その後、この等持寺も等持院に移されて、等持院が足利将軍家歴代の菩提所となりました。そのため、尊氏さんの墓所を見ることができます。 等持院で最も有名なのは、霊光殿です。ここでは、足利歴代の将軍像が安置されていますが、なぜか5代義量さんの像と14代…
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真如堂縁起絵巻

京都の真如堂(正式名称:真正極楽寺)に、室町時代後期に描かれた「真如堂縁起絵巻」があります。 上中下3巻から成り、上巻は本尊阿弥陀如来について、中巻は真如堂創建の由来、そして下巻が真如堂の歴史等です。とくに、この下巻には、応仁の乱の様子がビジュアルに表現されているため、当時の戦争の様子について貴重な資料となっています。 …
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福大明神社

京都に、小祠として民家の中にある福大明神社があります。ここに祀られているのが、紀貫之という説や荼吉尼天という説があります。 荼吉尼天は、インドでは夜叉・羅刹でしたが、その後仏教に帰依したことになっています。日本の中世では、荼吉尼天は願望成就の神様となりましたが、その力はあまりにも強力であり、祀り方を間違えると大きな不幸を招…
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大豊神社

887年に、宇多天皇の病気平癒祈願のために、医薬の祖とされる少彦名命(すくなひこなのみこと)を祀って創建されたと言われています。後に、応神天皇と菅原道真公が合祀されました。御存じのように、宇多天皇は道真さんの後ろ盾でしたので、関係があるのかもしれません。この神社が、全国的に有名になったのは、末社の大国社に狛犬の代わりに狛ねずみが…
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下御霊神社

京都の下御霊神社では、8人の神様が祀られていますが、その2人は、伊予親王とその母藤原吉子大夫人です。 伊予親王は、桓武天皇の子供で、平城天皇の異母弟になります。平城天皇の治世、朝廷が、藤原宗成が伊予親王に対して謀反を勧めているとの情報を得ます。そのため、この宗成さんは捕らえられ、尋問されます。そこで、宗成さんは、なんと謀反…
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祇園御霊会

前回、神泉苑御霊会のお話をしましたが、その後御霊会は広がっていきます。その代表の一つが、祇園御霊会です。 869年に、全国レベルで天災が起こり、社会不安が広まったことから、全国の国の数を表す66本の矛を立て、祇園社で薬師如来を本地とする牛頭天王を祀り、御霊会を執り行ったとされています。また、洛中の稚児が、祇園社の神輿を神泉…
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神泉苑御霊会

平安時代、京では、疫病がたびたび流行しました。当時、疫病の原因を怨霊による祟りとしてとらえられていました。 そのため、863年に、神泉苑で御霊会が行われることになります。このとき、鎮めるべき御霊とされたのは、早良親王、伊予親王、藤原吉子、藤原広嗣(または仲成)、橘逸勢、文室宮田麻呂であります。陰陽師を神泉苑に派遣して、六柱…
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東寺

前回、最澄さんのお話をしましたので、今回は空海さんです。 空海さんは、唐の長安に留学し、最澄さんよりも1年遅れて帰国しました。空海さんの加持祈祷を中心とした密教は、貴族社会に受け入れられていきます。そして、嵯峨天皇の支持を受け、官寺の一つ東寺を与えられます。真言宗のはじまりです。 東寺は、鎮護国家を担う仏法の中心地と…
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京都清水寺:阿弖流為(アテルイ)・母禮(モレ)の石碑

京都で最も人気な観光スポットの一つ清水寺に、阿弖流為(アテルイ)・母禮(モレ)の石碑があるのをご存じでしょうか。 阿弖流為(アテルイ)・母禮(モレ)は、蝦夷の首長と副首長です。801年、征夷大将軍坂上田村麻呂は蝦夷討伐に向かい、激戦の末、勝利します。ただ、田村麻呂は阿弖流為(アテルイ)・母禮(モレ)を評価しており、東北統治…
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撞かずの鐘

京都報恩寺の梵鐘は、平安時代鋳造の重要文化財ですが、「撞かずの鐘」と呼ばれています。実際、除夜と大法要のときしか、つかれません。 そこには悲しい伝説があります。昔は、この鐘は、朝夕つかれていました。近くの織屋に、仲の悪い丁稚と織女がいました。二人は、この夕に鐘が幾つつかれるかかけをします。丁稚は八つ、織女は九つと言います。…
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百鬼夜行

『今昔物語』などの説話で、百鬼夜行について紹介されています。この百鬼夜行に会うと命を落とすと言われ、当時貴族を中心に恐れられていました。室町時代には、この百鬼夜行絵巻が作成され、その様子をうかがい知ることができます。 ただ、説話と絵巻には大きな違いがあります。説話では、鬼や幽霊が行列を成しますが、絵巻では、古くなった鍋や傘…
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一条戻り橋2

前回に続き、一条戻り橋です。 一条戻り橋の数々の伝説の中に、陰陽師安倍晴明さんとの関係も語られています。清明さんは、式神という鬼や精霊のような存在を召使いとして使います。ただ、その式神の容貌が恐ろしいため、清明さんの妻が怖がったとされています。そのため、清明さんは、式神をこの一条戻り橋の下に隠したとされています。一条戻り橋…
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一条戻り橋

京都の一条戻り橋は、数々の伝説と結びついています。 元々、都の死者を、この橋を通じて、都の内から外の埋葬地に送っていました。この世とあの世を結びつける橋と言うことができます。 平安時代、文章博士三善清行さんが亡くなり、葬儀の列がこの橋を渡ろうとしました。その時、清行さんの息子が現れ、父の棺にすがって泣きました。そして…
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釘抜地蔵

京都の石像寺は、別名釘抜地蔵菩薩として親しまれております。 弘法大師が、唐から戻るときに、石を持ち帰り、人々の苦を無くすよう、この石に地蔵菩薩を彫ったと言われています。そして、この地蔵様は、苦抜き地蔵と呼ばれましたが、いつの時からか釘抜地蔵と呼ばれるようになりました。 また、室町時代、紀ノ国屋道林とういう商人が、両手…
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人形の寺、京都宝鏡寺

京都の宝鏡寺は、人形の寺として有名です。皇室との関係が深いため、皇室から人形を賜ってきました。そのため、1957年から、年に2回こうした人形の一般公開を行なっています。 また、年に1回、秋に人形供養祭が営われ、境内には人形塚が建立されています。人形を捨てることは、心情的に抵抗がある人は多いと思いますが、宝鏡寺には、全国から…
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東寺立体曼荼羅

真言宗総本山東寺の講堂には、21体の仏像があります。構成は、5仏、5菩薩、5明王、6天です。中央が5仏で、中心は大日如来です。やはり、密教ですね。 5仏の両翼を5菩薩と5明王で囲みます。5菩薩の中心は、金剛波羅蜜菩薩、5明王の中心は不動明王です。さらに、その両翼をそれぞれ3天で固めます。6天は、四天王と梵天と帝釈天です。ま…
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立本寺

以前、六道珍皇寺近くの「みなとや幽霊子育て飴本舗」をご紹介しました。母の幽霊がみなとやに飴を買いに来て、この飴で育てられた赤ん坊のお話しです。この赤ん坊は、その後、高僧になったということでお話しが終わります。 ところが、同様の話が立本寺にもあり、赤ん坊は立本寺二十世の日審となったとされています。そして、この立本寺でも、幽霊…
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大念佛狂言

前回に続き、千本閻魔堂です。千本閻魔堂では、大念佛狂言が有名です。閻魔大王の力で、民衆を災害から救う目的で、鎌倉時代に始まったとされています。 大念佛狂言は、他の寺院でも行われていますが、そのほとんどセリフがないのですが、千本閻魔堂のはセリフ付きです。演目でも、源為朝を主人公にした「千人切り」が有名です。最後の演目になりま…
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紫式部供養塔

京都の千本閻魔堂に、紫式部供養塔があります。 千本閻魔堂は、閻魔大王の補佐を務めたとされる小野篁さんが開基です。元々、埋葬地の入口にあり、さらには閻魔大王を祀っていますので、地獄との関係が強いです。 この千本閻魔堂に、どうして紫式部供養塔があるのでしょうか。南北朝時代に円阿上人という僧が、ある時、紫式部が地獄で苦しん…
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摂取院

女性に怨みを持たれ、祟られている男性を救うお寺があります。京都大原にある摂取院です。 昔、ある大工が、妻の妹と密通します。妻は、そのことを知って嫉妬しますが、どうすることもできず、最後は憤死します。その恨みが小蛇となり、その男の首にまとわりつきます。どうやっても取り払うことができません。男はとうとう出家して、浄往と名乗り、…
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小野小町さんと仏教

小野小町さんは、仏教説法の題材としてうってつけだったようです。絶世の美女が年老いていく様を、仏教の無常観と結びつけるのが容易だからです。 以前ご紹介した、京都の補陀落寺には、「小野小町老衰像」があります。さらに、小町さんが老いた自分の姿を写して嘆いたとされる「姿見の井戸」や、野ざらしにされた小町さんの髑髏の目から生えたとさ…
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妙満寺

以前、道成寺の大蛇のお話をしました。ある若い僧が宿に泊まったとき、その宿の女房が僧に一目惚れします。その後、僧に逃げられ、女房は大蛇となって追いかけ、道成寺の鐘の中に隠れていた僧を見つけます。そして、大蛇はその鐘に巻きつき僧を焼き殺すというお話しです。この話は、「安珍・清姫」として発展します。 道成寺はその鐘を再鋳します。…
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観音経

法華経第25品が観音経と呼ばれ、観音菩薩の救済が説かれています。人がどのような苦難に遭っても、心に観音菩薩を念ずれば、救われることが記されています。本当にありがたい菩薩様です。この観音経は、宗派を超えて信仰され、観音菩薩は、最も人気のある仏・菩薩の一人となりました。 京都の仁和寺では、2018年、観音堂が修復されました。そ…
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大原三千院

以前、来迎図の歴史で、阿弥陀仏や聖衆が坐像から立像、静的な描写から動的な描写に移行していったことをお話ししました。似たケースが、仏像でもあります。 その例が、京都大原三千院本堂の阿弥陀三尊像です。中尊の阿弥陀仏は坐像ですが、来迎印を結んでいます。一方、両脇の観音菩薩と勢至菩薩は、中腰で上半身が前屈みになっています。来迎の動…
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鳥羽離宮

京都の賀茂川・桂川の合流点に、白河、鳥羽上皇による浄土教建築が展開しました。これが鳥羽離宮で、院政の舞台ともなっています。残念なことに、現存しておりません。 鳥羽離宮内には、南殿を皮切りに、北殿、泉殿、東殿、田中殿などが造営され、それぞれの御所には、仏堂が建てられました。なんと豪華な離宮でしょうか。仏教的建築と住居とが調和…
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