テーマ:その他

崇徳上皇の呪い

平安時代の怨霊の代表格は、保元の乱で恨みを残し亡くなった崇徳上皇です。 朝廷は、様々な崇徳上皇の怨霊を鎮めることを行いましたが、結果はどうなのでしょうか。時代は下がり、江戸時代に上田秋成さんによって書かれた『雨月物語』に、「白峰」という物語があります。これは、平安時代、西行さんが崇徳上皇の怨霊を成仏するように説得するお話で…
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捕鳥部万(ととりべ の よろず)

捕鳥部万さんは、飛鳥時代に物部氏に仕えた武人です。物部氏は、丁未の乱で蘇我氏に敗れ、捕鳥部万さんも逃げますが、追手が迫ります。日本書紀では、追手に対して、弓矢で30人ほど射殺しますが、最後、首を小刀で刺して自害したと伝わっています。朝廷は、万の死体を八つに切り、串刺しにして八つの国にさらすよう命じます。 民俗学者折口信夫さ…
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イスラムの死生観

イスラムでは、輪廻転生のような概念はなく、1回の現世と1回の来世のみです。 現世において、終末が到来し、神の裁きが行われます。死んだ人も、その日に蘇ります。死んだら、すぐに来世が始まる訳ではないのです。来世は、この週末の日から始まります。来世は、永遠で、天国と地獄に分けられます。輪廻転生のように、何度も生まれ変わって、善行…
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中国の死生観

中国の死生観は、どのようなものなのでしょうか。日本のように極楽浄土を願っているのでしょうか。 中国の場合、儒教や道教が大きな影響を持っています。儒教は、宗教かどうか微妙ですが(儒学の方が良いかもしれませんが)、死についてどのように考えているのでしょうか。孔子さんは、死の問題等、現実から離れた話題を避けていたと言われており、…
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呪詛合戦

『今昔物語集』巻14第40話に、空海さんと修円さんが呪詛合戦をしたというとんでもないお話があります。 空海さんと修円さん(山階寺)は、どちらも名僧で、嵯峨天皇の信任が厚かったそうです。そのため、ライバル関係にあり、仲が険悪になりました。そして、お互い呪詛で相手を殺そうとします。そこで、空海さんは謀をします。弟子に、自分が死…
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泥棒坊主

前回に続き、『伴大納言絵巻』です。 朱雀門附近で、火事を見る群衆が描かれています。その中に怪しげな僧がいます。上着の中に荷物を入れ、それを背負って大きな歩幅で走っています。火事見物に来た人々とは違って、腰を低く曲げ、顔を見られないように、逃げて行きます。まさに火事場泥棒です。一方、こうした火事場泥棒を取り締まらなければなら…
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『伴大納言絵巻』と破戒僧

『伴大納言絵巻』は、伴大納言の一代記を描いた絵巻ですが、極めて写実的な表現がされ、当時の様子を見ることができます。 中村興二氏は、詳細にこの絵巻を観察され、興味深い人物を浮かび上がらせています。その中に破戒僧があります。応天門炎上での様々な人の動きが描かれていますが、その中に、草履を脱ぎ、それを手に持って、尻をからげて猛ス…
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延暦寺・三井寺の対立と妖怪

平安時代中頃、比叡山では、円仁派と円珍派の対立が激化し、円珍派は三井寺に移ります。残った延暦寺(山門派)と出て行った三井寺(寺門派)は、その後永きにわたって、対立します。その対立は、思想的な対立から、政治的、武力的な対立に発展します。 その三井寺に、頼豪さんという僧が登場します。頼豪さんは、白河天皇の信任が厚く、戒壇の創設…
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『冥途記』

修験者である道賢(日蔵)さんの『冥途記』は、あの世に関して興味深い情報を提供してくれます。 『冥途記』の本文は、残念ながら現存しませんが、その内容についは、『扶桑略記』に記されています。 道賢さんは、吉野金峯山で修行中にあの世に行ってしまいます。道賢さんは、蔵王菩薩に導かれて、黄金に輝く金峯山浄土に行きます。そのあと…
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怨霊信仰

平安時代以降、浄土思想が貴族だけではなく、一般の人々にも広まった背景に、民間の怨霊信仰があります。当時、人々は疫病や凶作に苦しめられていました。こうした災害への方策として、さまざまな儀式が行われましたが、中には、邪教として政府から排除されるものもありました。 疫病については、政府の対策として疫神を祀ることが行われましたが、…
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極楽浄土とパスカルの賭け

極楽浄土は、存在するのでしょうか。死んでからのことなので、生きている人には証明できません。 こうした問題への対処として、フランスの哲学者パスカルが、その著書『パンセ』で語った「パスカルの賭け」が取り上げられます。これは、神が実在するかどうかの賭けで、賭け金は自分の人生です。神が実在するという方に賭けた場合、勝てば、永遠の生…
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死を忘れるな

死生観が議論される中、よく死を見つめて生きることが説かれることがあります。人は、絶対に死にますが、日常、そのことを忘れています。自分の死を見つめることにより、日常の生活態度が変わることになります。例えば、毎日、些細なことで振り回されていることに気づくことができます。また、これまで漫然と生きてきたのが、自分の人生にとって何が大切な…
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永遠主義と現在主義

前回の場所によって時間が異なるという考えを拡張させますと、時間は空間と同じく一つの次元となります。そのため、過去、現在、未来のすべてが実在します。こうした考えを、ディーン・ブオノマーノ氏は、永遠主義と呼びます。永遠主義では、自分は今、空間内の一点に位置していますが、過去、未来といいた別の多くの点も存在していることを承知しているこ…
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他界と相対性理論

前回でも触れましたが、私達は、どちらかと言えば、絶対的な時間の流れをイメージして生活をしています。 でも、アインシュタインの一般相対性理論によれば、様々な時間が存在します。時間は、場所によって違うのです。それは、同じ地球の中でもです。高いところほど時間の流れが速くなります。タワーマンションの最上階に住んでいる人は、低層のア…
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他界と時間

私達が、時間をイメージするとき、すべての場所で同じ時間が流れていると考えます。地球でもそうですし、宇宙についてもそうです。私達が、こうした共通の時間の中で存在していると感じている人が多いのではないでしょうか。 でも、極楽浄土のような他界を考えますと、その時間の流れは、私達の存在する現世と違います。『往生要集』でも触れられて…
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双体道祖神

新谷尚紀氏の説の最後です。前回、道祖神がケガレから、神になったお話をしました。 道祖神中には、性的な表現がされた道祖神もありますので、そうしたケガレを感じさせるものもあります。ただ、男女双体道祖神は、縁結び、夫婦和合、子宝授けの信仰があり、一部には性的な表現もありますが、どうしてケガレなのでしょうか。 実は、この男女…
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穢れと神

前回に続き、新谷尚紀氏の説のご紹介です。 氏によれば、死はケガレであり、これが「祓え清め」によってカミになる。つまり、カミはケガレから生まれることになります。こうした関係について、氏は4つの民俗例を紹介します。 まずは、御賽銭です。私達は、神聖な神様に、硬貨を投げ込んでいます。普通、人にものを渡す際、投げて渡すのは、…
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死者と霊魂

今回は、民俗学の視点から、新谷尚紀氏による死者と霊魂についての説をご紹介します。 氏は、霊魂を二つに分類します。一つは普通の死者の霊魂、もう一つは非業の死をとげた死者の霊魂(怨霊)です。ただ、普通の死者の霊魂であっても、死んで間もない新しい霊魂は、荒ぶる危険な存在だと指摘します。そのため、どちらも祀られることによって、害を…
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根之堅洲國・根国

『古事記』では「根之堅洲國」(ねのかたすくに)等、『日本書紀』では「根国」(ねのくに)等と呼ばれるところです。 この位置づけが難しいです。スサノオノミコトが、母イザナミノミコトに会いに根之堅洲國に行きたいという記述があります。そうすると、黄泉国の別名かというとそうでもなさそうです。 大国主は、この根之堅洲國で、スサノ…
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高天原

『古事記』や『日本書紀』の他界観について、以前、黄泉国のお話をしましたが、今回は、高天原(たかまがはら)です。 これは、まさに天界で、「天つ神」がおられる世界です。ただ、六道の天界とは、似ているところもあれば、異なっているところもあります。高天原から神様が降りて来られて、国造りが行われます。神様の世界でありますが、人は死ん…
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殯(もがり)

古代日本で行われていた埋葬儀礼に、殯(もがり)があります。 死者を埋葬するまでの間、遺体を納棺して、安置し、儀礼を行います。目的は二つありまして、一つは、死者の冥福を祈ることです。もう一つは、外から侵入者から死者を守ることです。野良犬などの動物から物理的に死体を守ることもそうですが、邪悪な霊を近づかせないようにすることだそ…
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魂と心

現代の私たちからしますと、魂と心はほぼ同じものとして考えています。でも、古代では、両者は分けて考えられていました。 その名残として、琉球語では、魂をマブイ、心はキムと呼ばれ、区別されています。マブイは、ショックで身体から出てしまうことがあり、これが身体に戻ってこないと、病気になってしまうと考えられていました。言い換えますと…
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ギリシャの輪廻思想

輪廻思想は、ギリシャにもあります。オルペウス教の輪廻思想がそれにあたります。 人間の霊魂は神性を持つにもかかわらず、その罪により、輪廻転生により生死を繰り返す運命を負わされているとされます。この輪廻転生は「悲しみの輪」と言われています。戒律の順守や生活を浄めることによって、この輪廻から解脱することが目的となります。仏教を含…
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若い魂

前回に続き、日本の生まれ変わり観です。 生まれ変わりが続きますと、魂に若いとか年老いたといったことはないのですが、日本の生まれ変わりでは、この若い魂という概念があります。 柳田國夫氏によりますと、子供の魂は、肉体を離れていく危険が多いのですが、また次の生活に移ることも早いと考えられていたそうです。そのため、子供が無く…
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日本人の生れ変わり観と輪廻転生

仏教の輪廻は、日本人の生まれ変わり観にどのような影響を与えたのでしょうか。 死後、天道、人間道、修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄道の6つの世界(六道)に再生するという輪廻の思想は、結論から言えば、そのまま受け入れられることはなかったと思います。 六道の中で、日本人の多くが受け入れているのは、人間道と地獄道、それと一部畜生…
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人生の4段階

前回、出家者が経済活動を行わないことについて触れました。この場合、経済活動を行う者(在家信者)と経済活動を行わない者(出家者)の共同作業になります。ただ、個人として、人生の中で、その両方を経験することもありえます。 バラモン教に四住期と呼ばれる人生の4段階があります。その段階は、1)学生期(師のもとでベーダ聖典を学習する段…
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明智光秀と比叡山

今年の大河ドラマは、明智光秀ですので、光秀さんについて様々な特集が組まれています。 また、光秀さんが徳川家康の参謀天海僧正として生き残っていたという説が、再び議論されています。 光秀さんといえば、本能寺の変の意図について様々な説が出ていますが、もう一つ興味深いのが、比叡山の焼き討ちです。信長さんの命とはいえ、信心深い…
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人とAI

今回は、仏教から外れます。人は、過去から未来を予想する能力を身につけ、発展したとお話ししました。 この能力、何かに似ていませんか?そう、AI(人工頭脳)です。AIにブレークスルーをもたらしたのは、ディープラーニング(深層学習)です。これは、人の脳のニューラルネットワークを真似たものです。そう、AIも結局は、人の能力の延長線…
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チベット仏教の瞑想

前回お話ししましたように、座禅はまったくダメでした。 そこで、チベット仏教の瞑想にトライすることにしました。チベット仏教の参加者は、実は西洋人が多いです。そのため、瞑想は椅子に座って行います。少なくとも、私が参加したところはそうでした。 これで、私でも瞑想に集中できます。最初の指導は、呼吸に集中して、何も考えないよう…
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瞑想

仏教と瞑想は、密接に関連しています。その中で、日本の禅は世界的にも有名です。 座禅を経験された方も多いと思います。私も何度かトライしましたが、まったくダメでした。身体が固すぎて、両足を組み合わせて、両腿の上にのせる結跏趺坐は、絶対にできませんし、片足のみをのせる半跏趺坐も無理です。あぐらをかくことさえ、難しいです。中途半端…
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