テーマ:その他

人生40年

現代、人生100年時代と言われます。でも、『徒然草』第7段で、吉田兼好さんは、長生きをすれば恥をかくことも多いので、長くとも40歳に達しないで死ぬのが見た目もよいと主張します。その年代を過ぎれば、老醜の姿を恥じる心もなくなり、人前に出たがり、子や孫を溺愛し、立身する将来を見届けるまでの余命を願い、俗世に執着する欲心ばかり深くなり…
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二上山

二上山は、奈良県葛城市と大阪府南河内郡太子町にまたがる山で、東の麓に迎講で有名な当麻寺があります。迎講では、西に面し、その背景となっています。まさに極楽浄土をイメージさせるものとなっています。 山には、謀反の罪を着せられ、自害した、大津皇子のお墓があります。大津皇子の姉である、大伯皇女(おおくのひめみこ)が、弟の死を悲しん…
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鳥部野

『徒然草』に「あだし野の露消ゆる時なく、鳥部山の煙立ち去らでのみ住み果つる習ひならば、いかにもののあはれもなからん」と書かれているように、鳥部野(鳥部山)は、化野とともに京都の三大埋葬地でした(もう一つは蓮台野)。 鳥部野は、現在、清水寺や大谷本廟を含むあたりになります。そこから、そう遠くないところに京都市中央斎場があ…
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法華経と仙人

『発心集』第3・12話に、「松室の童子、成仏の事」というお話があります。これは、日本人の宗教の受容におもしろい示唆を与えてくれます。 このお話では、ある僧の稚児が、法華経ばかり読んでいます。その子が14-15歳になったときに疾走します。師僧は、山にその子を探し行きますと、なんと仙人になっていました。法華経の功徳が、仙人にな…
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日本古来の埋葬

日本古来の埋葬方法は、水葬や風葬も存在しましたが、一般的には土葬であったと考えられています。 生活の場所からそれほど離れていない場所に穴を掘るのですが、当時は、穴を掘る道具がそれほど発展していなかったと考えられますので、穴は浅かったと思われます。死体の関節をまげて穴に入れる、いわゆる屈葬が行われました。この屈葬は、死霊を抑…
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死出の山路

日本は、古来、死んだ後、山を登ってあの世に行くという信仰があります。多くの山に囲まれた日本らしい信仰です。 「千載和歌集」に鳥羽院の「常よりも睦まじきかなホトトギス死出の山路の友と思へば」という歌があります。また、鴨長明さんの『方丈記』に「語らふごとに、死出の山路を契る」と書かれています。これら以外にも、数多くの死出の山路…
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オルペウスの冥府下り

ギリシャ神話に、オルペウスの冥府下りのお話があります。 妻のエウリュディケーが、蛇にかまれて亡くなります。オルペウスは、妻を取り戻すために冥府に降ります。オルペウスの弾く竪琴の音色に、冥界の人々は魅了され、遂に冥界の王ハーデースとその妃ペルセポネーに会うことができます。そこでも、竪琴を弾き、遂に妻エウリュディケーを連れ戻す…
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他戸親王(おさべしんのう)

前回、時代が移る中で、上御霊神社の祭神のうち伊予親王と藤原仲成が、井上大皇后と他戸親王に変わったというお話をしました。井上大皇后と他戸親王は、どうして怨霊となられたのでしょうか。 他戸親王は、光仁天皇の子で、異母兄弟が山部親王(後の桓武天皇)になります。井上大皇后は、他戸親王の母になります。光仁天皇が即位した次の年、他戸親…
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中国の神仙思想と日本の山中他界観

神仙思想は、中国の周末・戦国時代に唱えられた思想で、蓬莱山、方丈山、瀛州 (えいしゅう)山の三神山に、不老不死の神仙が住むと考えられました。この三神山に行けば、不老不死の霊薬が手に入ると信じられていました。実際、秦の始皇帝や漢の武帝などが使者を出して、不死の薬を得ようとしたと伝わっています。三神山での神仙の世界は、明るく理想的な…
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恋と仏道

『今昔物語集』巻17第33話「恋の虜になって仏道に励む話」という、おもしろいお話があります。 比叡山の若い僧が、虚空蔵菩薩にお祈りするため、法輪寺に詣でたときに、ある女性に恋心をいだきます。僧はその女性と関係を持とうしましが、女性に断られます。そして、女性から、『法華経』を空で読めるようになれば、僧の願いをかなえると言いま…
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藤原忠実の怨霊

前回、藤原忠実さんのお話をしましたが、実は忠実さんの怨霊の話があります。 忠実さんは、怨霊の代表である崇徳上皇と同時代の人です。保元の乱では、忠通さん、頼長さんという忠実さんの二人の息子が、天皇方、上皇方に分かれます。忠通さんが天皇方、頼長さんが上皇方です。忠実さんは、頼長さん方につき、敗北します。命は助かりますが、幽閉さ…
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信貴山縁起絵巻(中巻)

前回に続き、『信貴山縁起絵巻』です。 中巻「延喜加持の巻」は、醍醐天皇が大病を患い、様々な治療を行いますが、いっこうに回復しません。そこで、信貴山の命蓮さんの噂を聞きつけ、勅使が彼の下を訪れます。命蓮さんは、護法童子を天皇の下に遣わせます。護法童子は天空を駆けて、天皇のところに行き、天皇は回復します。勅使は、お礼に何か欲し…
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信貴山縁起絵巻(上巻)

『信貴山縁起絵巻』は、『源氏物語絵巻』、『鳥獣人物戯画』、『伴大納言絵詞』と並ぶ四大絵巻物の一つです。作者は不明ですが、信貴山の天台僧命蓮のお話で、「山崎長者の巻」、「延喜加持の巻」、「尼公の巻」の3巻からなります。 「山崎長者の巻」では、命蓮さんという修験者が、法力で欲深な長者をこらしめます。命蓮さんは、不思議な鉢を宙に…
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蛙の阿弥陀仏

『鳥獣戯画』甲巻第21紙に、猿の僧正が蛙にお経をあげている場面が描かれています。この蛙が阿弥陀仏だとする説があります。 仏は、「手足指縵網相」(しゅそくしまんもうそう)という仏さまのお姿の三十二の特長のひとつとして、手に水かきがあるとされています。そう、蛙も水かきがありますので、阿弥陀仏の役を与えられたのかもしれません。 …
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上田秋成と宗派

上田秋成さんは、『雨月物語』で、「青頭巾」というお話を書いています。 このお話では、ある寺の阿闍梨が愛童への愛欲から、人食いの鬼に堕ちます。その地に、禅師快庵が訪れますが、村人の要請で、鬼の阿闍梨の住む寺に行き、彼と会います。快庵は、怪異を恐れず、鬼の阿闍梨に教えを説きます。鬼は、快庵の徳に心打たれ、自らを断罪します。その…
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「浦島太郎」の別バージョン

「浦島太郎」は、日本人の他界観を考える上で、よく取り上げられるテーマです。 香川県に口承で伝わった「浦島太郎」は、私達が馴染んだ「浦島太郎」と若干違っています。話の筋は、ほぼ同じですが、細部とラストが違っています。浦島太郎が竜宮城に行くきっかけは、いじめられた亀を助けたのではなく、亀を釣ってしまい、それを助けたことからです…
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豊臣秀次さんの怨霊

前回、『雨月物語』を取り上げましたので、今回もその話を紹介します。 『雨月物語』では、崇徳上皇以外にも、豊臣秀次さんの怨霊のお話もあります。御存じのように、秀次さんは、伯父の豊臣秀吉さんに、本人だけでなく一族全て殺されました。その恨みは、崇徳上皇に勝るとも劣らないものです。ただし、物語の中で、秀次さんの怨霊は、この世に災い…
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崇徳上皇の呪い

平安時代の怨霊の代表格は、保元の乱で恨みを残し亡くなった崇徳上皇です。 朝廷は、様々な崇徳上皇の怨霊を鎮めることを行いましたが、結果はどうなのでしょうか。時代は下がり、江戸時代に上田秋成さんによって書かれた『雨月物語』に、「白峰」という物語があります。これは、平安時代、西行さんが崇徳上皇の怨霊を成仏するように説得するお話で…
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捕鳥部万(ととりべ の よろず)

捕鳥部万さんは、飛鳥時代に物部氏に仕えた武人です。物部氏は、丁未の乱で蘇我氏に敗れ、捕鳥部万さんも逃げますが、追手が迫ります。日本書紀では、追手に対して、弓矢で30人ほど射殺しますが、最後、首を小刀で刺して自害したと伝わっています。朝廷は、万の死体を八つに切り、串刺しにして八つの国にさらすよう命じます。 民俗学者折口信夫さ…
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イスラムの死生観

イスラムでは、輪廻転生のような概念はなく、1回の現世と1回の来世のみです。 現世において、終末が到来し、神の裁きが行われます。死んだ人も、その日に蘇ります。死んだら、すぐに来世が始まる訳ではないのです。来世は、この週末の日から始まります。来世は、永遠で、天国と地獄に分けられます。輪廻転生のように、何度も生まれ変わって、善行…
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中国の死生観

中国の死生観は、どのようなものなのでしょうか。日本のように極楽浄土を願っているのでしょうか。 中国の場合、儒教や道教が大きな影響を持っています。儒教は、宗教かどうか微妙ですが(儒学の方が良いかもしれませんが)、死についてどのように考えているのでしょうか。孔子さんは、死の問題等、現実から離れた話題を避けていたと言われており、…
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呪詛合戦

『今昔物語集』巻14第40話に、空海さんと修円さんが呪詛合戦をしたというとんでもないお話があります。 空海さんと修円さん(山階寺)は、どちらも名僧で、嵯峨天皇の信任が厚かったそうです。そのため、ライバル関係にあり、仲が険悪になりました。そして、お互い呪詛で相手を殺そうとします。そこで、空海さんは謀をします。弟子に、自分が死…
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泥棒坊主

前回に続き、『伴大納言絵巻』です。 朱雀門附近で、火事を見る群衆が描かれています。その中に怪しげな僧がいます。上着の中に荷物を入れ、それを背負って大きな歩幅で走っています。火事見物に来た人々とは違って、腰を低く曲げ、顔を見られないように、逃げて行きます。まさに火事場泥棒です。一方、こうした火事場泥棒を取り締まらなければなら…
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『伴大納言絵巻』と破戒僧

『伴大納言絵巻』は、伴大納言の一代記を描いた絵巻ですが、極めて写実的な表現がされ、当時の様子を見ることができます。 中村興二氏は、詳細にこの絵巻を観察され、興味深い人物を浮かび上がらせています。その中に破戒僧があります。応天門炎上での様々な人の動きが描かれていますが、その中に、草履を脱ぎ、それを手に持って、尻をからげて猛ス…
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延暦寺・三井寺の対立と妖怪

平安時代中頃、比叡山では、円仁派と円珍派の対立が激化し、円珍派は三井寺に移ります。残った延暦寺(山門派)と出て行った三井寺(寺門派)は、その後永きにわたって、対立します。その対立は、思想的な対立から、政治的、武力的な対立に発展します。 その三井寺に、頼豪さんという僧が登場します。頼豪さんは、白河天皇の信任が厚く、戒壇の創設…
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『冥途記』

修験者である道賢(日蔵)さんの『冥途記』は、あの世に関して興味深い情報を提供してくれます。 『冥途記』の本文は、残念ながら現存しませんが、その内容についは、『扶桑略記』に記されています。 道賢さんは、吉野金峯山で修行中にあの世に行ってしまいます。道賢さんは、蔵王菩薩に導かれて、黄金に輝く金峯山浄土に行きます。そのあと…
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怨霊信仰

平安時代以降、浄土思想が貴族だけではなく、一般の人々にも広まった背景に、民間の怨霊信仰があります。当時、人々は疫病や凶作に苦しめられていました。こうした災害への方策として、さまざまな儀式が行われましたが、中には、邪教として政府から排除されるものもありました。 疫病については、政府の対策として疫神を祀ることが行われましたが、…
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極楽浄土とパスカルの賭け

極楽浄土は、存在するのでしょうか。死んでからのことなので、生きている人には証明できません。 こうした問題への対処として、フランスの哲学者パスカルが、その著書『パンセ』で語った「パスカルの賭け」が取り上げられます。これは、神が実在するかどうかの賭けで、賭け金は自分の人生です。神が実在するという方に賭けた場合、勝てば、永遠の生…
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死を忘れるな

死生観が議論される中、よく死を見つめて生きることが説かれることがあります。人は、絶対に死にますが、日常、そのことを忘れています。自分の死を見つめることにより、日常の生活態度が変わることになります。例えば、毎日、些細なことで振り回されていることに気づくことができます。また、これまで漫然と生きてきたのが、自分の人生にとって何が大切な…
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永遠主義と現在主義

前回の場所によって時間が異なるという考えを拡張させますと、時間は空間と同じく一つの次元となります。そのため、過去、現在、未来のすべてが実在します。こうした考えを、ディーン・ブオノマーノ氏は、永遠主義と呼びます。永遠主義では、自分は今、空間内の一点に位置していますが、過去、未来といいた別の多くの点も存在していることを承知しているこ…
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