テーマ:神仏習合

泰山府君

中国の泰山は、中国東部の名山ですが、漢代以降、歴代皇帝が封禅を行って天地に報告を行う聖地となり、また死者の霊魂が集まる地でもありました。そのため、道教では、この山自体が神様とみなされ、泰山府君と呼ばれるようになります。泰山府君は、冥界の最高神であり、人間の寿命や在世での地位を司ると考えられました。閻魔大王に似ていますね。 …
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吉野山

平城京の時代、寺院は都市の中で建立されました。それが、都が奈良から京都に移り、新しい宗派ができますと、都の中心から離れた山に、寺院が造られるようになります。 最澄さんが比叡山、空海さんも高野山に本山を築きます。両山も元々、山岳信仰の対象でした。そのため、神様がいましたので、神仏習合が行われました。こうした新宗派が定着します…
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丹生明神・高野明神

前回、高野山で祀られている丹生明神・高野明神のお話をしました。この二神は、元々、和歌山県の天野というところにある丹生都比売神社に祀られています。この二神が高野山金剛峰寺に取り込まれた背景について、脊古真哉氏が次のように結論付けています。 「開創以前からの在地の神であった丹生都比売神が、最初は仏法に帰依して救済される存在とし…
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高野山の神仏習合

『今昔物語集』巻11第25話「弘法大師、始めて高野の山に建たる語」に、高野山金剛峰寺建立のお話があります。 弘法大師は、京都を出て、奈良県五條市付近で、犬飼に会います。弘法大師は、この犬飼に、入定するのにふさわしい霊妙な洞窟を探していることを伝えます。犬飼は、その場所知っていると言い、弘法大師を高野山に導きます。次に、弘法…
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若宮八幡

神社に若宮とよばれる社は、数多くありますが、柳田圀男さんによりますと、その多くが人を祀っているそうです。 通常、本宮があって、若宮があるのですが、若宮だけが独立して存在する例もあります。柳田圀男さんは、全国の若宮の例を出していますが、不慮の死を遂げ、恨みを持って亡くなった人が多いのには驚きます。まさに、怨霊を祀って、霊異を…
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祇園御霊会

前回、神泉苑御霊会のお話をしましたが、その後御霊会は広がっていきます。その代表の一つが、祇園御霊会です。 869年に、全国レベルで天災が起こり、社会不安が広まったことから、全国の国の数を表す66本の矛を立て、祇園社で薬師如来を本地とする牛頭天王を祀り、御霊会を執り行ったとされています。また、洛中の稚児が、祇園社の神輿を神泉…
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神泉苑御霊会

平安時代、京では、疫病がたびたび流行しました。当時、疫病の原因を怨霊による祟りとしてとらえられていました。 そのため、863年に、神泉苑で御霊会が行われることになります。このとき、鎮めるべき御霊とされたのは、早良親王、伊予親王、藤原吉子、藤原広嗣(または仲成)、橘逸勢、文室宮田麻呂であります。陰陽師を神泉苑に派遣して、六柱…
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媽祖神

中国沿岸部、台湾、香港で信仰を集める神様に女神、媽祖神があります。航海や漁業の神様で宋代に実在した黙娘が、遭難した父を探しに出て、神様になったとも伝えられています。船に、媽祖神を祀ることも行われました。 媽祖神信仰が盛んな地域に、普陀山・洛迦山があります。この地域と、観音菩薩の補陀落山が同一視されたのか、媽祖神と観音菩薩が…
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八幡信仰

八幡神は、日本でも最も人気のある神様の一つで、全国に数多くの神社があります。また、歴史的には、武士の信仰が厚い神様です。 八幡神は、応神天皇の神霊とされていますが、これは奈良時代から平安時代にかけて応神天皇と習合したためであり、もともとどこから来た神様なのかわかりません。外来神という説もあります。 また、はやくから神…
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春日曼陀羅

春日曼陀羅 前回、興福寺と春日社の神仏習合に触れましたが、どちらも藤原氏の氏寺、氏社です。 本地垂迹で、春日社の大宮四神は、不空羂索観音、薬師如来、地蔵菩薩、十一面観音、若宮は、文殊菩薩を本地仏とされています。こうした本地垂迹思想が、垂迹美術に発展していきます。その一つが、春日曼陀羅です。春日曼陀羅には、本地仏曼陀羅、宮…
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神仏習合と僧兵

平安時代、比叡山延暦寺や奈良の興福寺など有力な寺院は、非常時に鎧をつけ戦う僧兵を擁するようになります。宗教と軍事力の両面から、朝廷に影響力を行使するまでに至ります。そのため、自分たちの要求を通すため、都に大挙して来ることがあります。すでに神仏習合が進んでいるため、延暦寺は日吉神、興福寺は春日神を捧持しました。仏様だけでなく、神様…
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スクナビコナと薬師如来

『古事記』、『日本書紀』に、スクナビコナ(少名毘古那神、少彦名命)という神様が登場します。スクナビコナは、高天原から地上に派遣され、大国主の国造りを助けます。役割を終えた後は、常世の国に渡ったとされます。 スクナビコナは、様々な神格を持ちますが、薬神としても知られています。そのため、薬師如来との関係が指摘されます。また、常…
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