テーマ:往生伝

丹後聖人の狂気

『今昔物語集』に、丹後聖人が往生したお話しがあります。 この僧は、自分宛の手紙を自分で書きます。そして、これを阿弥陀仏が自分に書いた手紙として童子に渡し、大晦日の日にこの童子から手紙を受け取ります。阿弥陀仏が自分に手紙を書き、往生を約束していると、涙を流します。 これを毎年繰り返します。まさに、自作自演です。現代の感…
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「まして」の翁

『発心集』に、「まして」の翁という変わった人が登場します。 物乞いをして暮らしているのですが、いつも「まして」とばかり言うので、ましての翁と呼ばれていました。 ある聖が、このましての翁が、将来往生するという夢を見ます。その聖は、ましての翁に修行方法を聞きますが、勤行などしていないと答えます。ただ、翁は、「まして」とい…
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フェイク来迎

『発心集』には、偽の来迎についても述べられています。 ある遁世した女性が、病気になり、臨終を迎えるとき、往生の導き手となる聖を呼び寄せます。女性は、火の車を見ます。聖は、すぐに女性に念仏を唱えるように言います。女性は、この教えにしたがって念仏を唱えると火の車は、消えてしまいました。 今度は、天女が乗った玉飾りの車が見…
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地位への執着と老害

『発心集』には、地位への執着の愚かさを説いている話があります。 薬師寺に証空律師という僧がいました(証空という名前は、僧ではよく出てきますが、それぞれ別人であることが多いです)。年をとり、役職を引退してからかなり時が経ちました。それにもかかわらず、別当の職に志願しようとします。 弟子たちは、やめさせようと説得するので…
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極楽往生の難しさ

『発心集』では、極楽往生の難しさを説いたものもあります。 鳥羽僧正とその弟子真浄房のお話です。鳥羽僧正は尊い方で、その弟子真浄房は、極楽浄土を願う心が深く、念仏三昧していました。鳥羽僧正は、亡くなる直前に、真浄房に会い、別れを悲しみお泣きになります。真浄房も涙をこらえ、来世で再び会い、仕えることを約束します。それから間もな…
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増賀上人の極楽往生

『発心集』に増賀上人の極楽往生のお話があります。 増賀上人は、生まれもよく高徳で、将来が期待された人でした。ただ、本人は、地位に執着することなく、仏道修行に取り組みます。ただし、周りから尊敬されることを避けるため、物乞いといっしょに捨てられた食べ物を食べたり、大事な法要で悪態をついたりして、わざと自らの評判を落とすことをし…
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『発心集』

『発心集』は、以前ご紹介した鴨長明さん(1155-1216)が編集した仏教説話集です。 往生した人々を紹介していますので、往生伝と考えることもできます。ただ、初期の往生伝と比較しますと、仏教的な無常観が強まっているように思います。 長明さんは、冒頭に、日本霊異記等で使われる「心の師とはなるとも、心を師とすることなかれ…
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女弟子伴氏の往生

日本往生極楽記に、女弟子伴氏、近江守伴彦真の妻の往生の話があります。 彼女は、臨終を迎える日に、これまで召使にきたない仕事をさせて来たので、家を一軒与えるよう夫に頼みます。夫はそれを承諾します。 昔の知人に鮒を送ろうとしたとき、二匹がまだ生きていたので、井戸に逃がしました。ただ、鮒が元住んでいた湖に帰りたいのではない…
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極楽往生の奇瑞・瑞相

極楽往生したかどうか、往生者以外の人には、どのようにわかるのでしょうか。 日本往生極楽記に、いくつかの極楽往生の奇瑞・瑞相が述べられています。往生者によって違いはあるのですが、ある程度共通するパターンがあります。まず、往生者が、夢で自らの往生の可能性について知ることがあります。これは、他の人にも語りますので、皆に情報が共有…
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蚊にお布施

日本往生極楽記に、極楽往生したある尼さんのお話があります。 光考天皇のお孫さんで、結婚して、子供もありました。しかし、夫、子供が亡くなり、無常を感じ、出家します。阿弥陀仏を念じる毎日です。慈悲の心も持って、蚊や虻にさされても、これを駆ることはありませんでした。そして、とうとう極楽往生します。 蚊や虻にさされるままにす…
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糸を使った臨終行儀

日本往生極楽記に、延暦寺の座主僧正延昌さんの臨終時の記載があります。 延昌さんは、もともと夢で、極楽往生したければ、法花百部を書写するようお告げを受けています。そして、すべてを投げ捨ててそれを実行しました。 そして、いよいよ臨終の時がきました。その日、まず沐浴して、浄装に着替えます。右脇に寝込み、枕の前に、阿弥陀と尊…
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悪縁の怖ろしさ

『拾遺往生伝』に、悪縁について怖ろしい話が記載されています。 肥後の国に、妻帯した僧がいました。僧は、常に禅行を修行し、別室で観念念仏を行っており、一方妻は、僧の世話をしておりました。僧は、あるとき病気になり、別の僧に秘密のお願いをします。臨終時には、妻に内緒にし、自分が亡くなった後、妻に伝えるように言いました。そして、僧…
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日本往生極楽記

日本往生極楽記は、慶滋保胤さんが編纂した日本最古の往生伝です。 42名の往生者が記されています。ただし、そのうち聖徳太子と行基菩薩は、兼明親王の依頼で加わったものなので、当初の構想では、40名ということになります。聖徳太子と行基菩薩の段は、それぞれ、1番目と2番目ですが、他の往生者と比較して、異常に長い話になっていますので…
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悪人の往生

今昔物語巻十五・第四十七話に、悪人の往生について記されています。 殺生など仏道に背いたことを、数限りなくやっている男がいました。人から、そのようなことをやっていると地獄に落ちると言われても、まったく信じようとしませんでした。その男は、いよいよ死ぬときになって、地獄からの火の車を見ます。恐ろしくなって、僧に相談します。 …
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智光と行基菩薩

今回もまた智光さんです。日本往生極楽記や日本霊異記で、智光さんと行基菩薩について記されています。 聖武天皇が行基菩薩を大僧正の位を与えられたのを、智光さんは嫉妬し、とうとう山寺に隠れてしまいます。その後、智光さんはいったん亡くなるのですが、使者にあの世に連れていかれます。そこで、智光さんは、金色の宮殿を見ます。使者は、将来…
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智光曼荼羅

前回の智光と頼光の続きです。自分が極楽に往けないと知った智光さんは、どうすれば極楽浄土に往生できるか、頼光さんに聞きます。頼光さんは、自分では答えられないので、阿弥陀仏に智光さんを紹介します。 阿弥陀仏は、仏の相好と浄土の荘厳を凡夫の心で観ずることを勧めます。そして、手を挙げ、手のひらに小さな浄土を写し出します。智光さんは…
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元興寺の智光と頼光

今昔物語巻十五・第一話(オリジナルは日本往生極楽記)に、元興寺の智光と頼光のお話があります。 若いころから二人は、修業をしていましたが、頼光さんは、さぼってばかりで、学問もまじめに取り組みませんでした。一方の智光さんは、極めてまじめで、学問や修行を積んでいきます。 年月が経ち、頼光さんは亡くなります。智光さんは、頼光…
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法然上人行状絵図

前回、法然さん一門の往生伝による布教活動を話しましたが、その集大成に当たると思われるのが、法然上人行状絵図です。 法然上人の誕生から、入寂までを描いたものですが、専修念仏によって往生した者が数多く記載されています。往生者は、高僧や貴族だけでなく、武士や庶民も含まれています。 ヴィジュアル化された往生伝と言うことができます。現…
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鎌倉時代の往生伝

平安時代に『日本往生極楽記』から始まった往生伝は、鎌倉時代になると変化していきます。 ご存知のように、鎌倉時代は、様々な新宗派が生まれてきます。その一つが、法然さん(1133-1212)の浄土宗です。 法然さん滅後、『三井往生伝』や『念仏往生伝』などが、法然さんの門流によって書かれます。その内容は、専修念仏による往生です。そ…
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浄土の種類

浄土は、阿弥陀仏の極楽浄土だけではありません。他の仏様も、浄土を持っておられます。 たとえば、薬師如来は、浄瑠璃浄土におられます。極楽浄土が西方にあるのに対し、浄瑠璃浄土は東方にあります。 こうした様々な浄土がありますが、一番人気は、やはり極楽浄土です。前回ご紹介した『浄土論』で、隋の洪法師の往生について語られています。洪法…
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『浄土論』

日本最古の往生伝は、慶滋保胤さんの『日本往生極楽記』ですが、中国では、それに先駆けて、迦才さんによる『浄土論』があります。保胤さんも、『日本往生極楽記』を書くときに影響を受けています。 『浄土論』は9章からなっていますが、このうち第6章が往生伝です。20人の往生が記されていますが、半分が出家者で、残り半分が在家者です。私達のような…
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「紀伊国牟褸郡の悪しき女」2

前回の続きです。往生伝なので、これからが本題です。 若い僧が亡くなって数日後、上﨟の聖人が、夢を見ました。大蛇が現れ、自分は僧であったが、悪い女の謀りで、その女の夫になり、蛇身になったと語りました。大蛇は、自力でこの苦から抜け出すことができないので、二匹の蛇のために、聖人に法華経の如来寿量品を書写してくれるように嘆願しました。 …
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「紀伊国牟褸郡の悪しき女」

往生伝は、様々な形で他の物語に継承されています。 『法華験記』に「紀伊国牟褸郡の悪しき女」という話があります。内容は以下の通りです。 若い僧と年老いた僧の二人が紀伊国牟褸郡で宿をとりました。その宿の主である寡婦は、若い僧一目惚れし、夜這いをかけます。若い僧は、驚くとともに、なんとか女をなだめすかし、熊野に参拝した後、女の望み…
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往生者の数

いったいどれだけの人が往生したのか、興味がありますね。 以前ご紹介した慶滋保胤さんの『日本往生極楽記』から、1世紀半の中で主に6つの往生伝が作られました。 藤井智海氏によれば、これらの往生伝に記された往生者は、550人に及んでいるようです。内訳は、日本往生極楽記42人、続本朝往生伝42人、拾遺往生伝94人、後拾遺往生伝74人…
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焼身往生2

焼身往生についての続きです。 鴨長明さん(1155-1216)は、『方丈記』で有名ですが、『発心集』という説話も手掛けています。この『発心集』第八の三に「仁和寺の西尾の上人が、我執のために身を焼いたこと」という話があります。 仁和寺に、西尾の上人と東尾の上人という二人の聖がいました。二人はライバルの関係で、いつも張り合ってい…
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焼身往生

往生伝の中には、自分の身体を焼き、諸仏に供養するという極端な往生の仕方が紹介されています。 焼身することによって往生できると考える根拠は、『法華経第七巻薬王菩薩本事品』で、喜見菩薩が自身を焼いて諸仏に供養したという話に求められています。 この焼身往生談は、鈴木淳一氏によりますと、『法華験』に3例、『拾遺往生伝』に4例、『後拾…
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