テーマ:ウパニシャッド哲学

インドの神様と梵界

天界が、輪廻の最上界でしかなく、天界を超越した梵界の出現で、天界を司る神様の立場が悪くなってしまいます。人々は、天界ではなく、梵界を目指し始めますので、神様への信仰が揺らぎます。そして、私達人間と同様、神様自体、絶対的な存在から、迷える存在になります。 同様なことは、日本でも起こりました。日本の神様も、仏教が伝来して、迷え…
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極楽浄土と梵界

もし仏教での解脱が、梵界のような世界への移行でしたら、苦はありませんが、個人の意識もない、眠ったような状態になります。これは、個人的には、ちょっと遠慮したいかもしれません。 その意味では、解脱に至るまで、永遠に居られる極楽浄土が最高のような気がします。解脱については、極楽浄土で考えれば良いのかもしれません。極楽浄土への往生…
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仏教とウパニシャッド哲学

お釈迦様は、ウパニシャッド哲学を否定します。例えば、自己の本質、魂であるアートマンは存在しないと解かれます。まさに、無我です。 ただ、解脱を目指すことには、共通点があるように思います。もちろん、その方法は梵我一如ではなく、仏教よる修行によってです。でも、悟りの状況とはどういった状況なのでしょうか。 お釈迦様は、生きて…
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来世観の循環

人は元々死んで無になることを恐れて、来世について思いめぐらしてきました。 その解決方法の一つが天界です。しかし、インドの人々は、さらに思索を進めて、死の問題が天界では解決できないことに気づきます。そして、梵界に至ります。 ただし、この梵界では、個人が宇宙と一体となっていますので、無ではありませんが、死んでいる状態に極…
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梵我一如

ウパニシャッド哲学での解脱は、梵我一如です。宇宙の最高原理でありますブラフマン(梵)と、個人に内在する本質、霊魂でありますアートマンが合一すると解脱に至ります。大宇宙に遍在する永遠的なもの(ブラフマン)と、個人の中にある内なる宇宙が、一体となります。 この梵我一如で、人々はあらゆる苦から解放されます。悟りに至るのです。この…
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インドでの来世観

死んだ後どうなるか?インドでも、天国が求められました。これが天界(天道)です。天界は、快楽に満ちており、人々は、死後ここに生まれることを望みました。 ただ、天界での生は、永遠ではありません。輪廻により、天界より下の世界に再生するリスクがあります。そのため、永遠不死の歓喜の世界が必要になります。それが、梵界です。それでは、ど…
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解脱とは

お釈迦様は、悟られ、その後亡くなれています。輪廻から解脱されていますので、六道に生まれ変わることはありません。では、亡くなられた後は、どうなられたのでしょうか。また、現在、どうされていらっしゃるのでしょうか。 私達のような一般の者は、生きている間に悟ることはできません。しかし、阿弥陀仏のご慈悲で、死んだ後、極楽浄土へ行ける…
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