穢れと神

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前回に続き、新谷尚紀氏の説のご紹介です。

氏によれば、死はケガレであり、これが「祓え清め」によってカミになる。つまり、カミはケガレから生まれることになります。こうした関係について、氏は4つの民俗例を紹介します。

まずは、御賽銭です。私達は、神聖な神様に、硬貨を投げ込んでいます。普通、人にものを渡す際、投げて渡すのは、失礼な行為です。それを私たちは、お金という俗なもので、神様に対してやっていることになります。これは、貨幣が私たちのケガレを吸収して、神社がそのケガレを祓え清めるからだそうです。次に、正月、節分など年越しの祓え清めに、儀礼的表象として登場するナマハゲやトシドンです。この場合、ナマハゲやトシドンが人々のケガレを背負い、祓う役割を担っています。また、村境に祀られる道祖神もケガレた存在から、神になったものだそうです。道祖神については、次回お話します。最後に、氏は、忌むべき水死体が、漁村では逆にヱビス神として祀られているという例を紹介しています。

日頃、当然だと考えていたことも、視点を変えると様々なことが見えてきますね。

参考文献
新谷尚紀(2000)「死とケガレ」『往生考-日本人の生・老・死』p.p.204-220.

画像:ナマハゲ
画像出所:男鹿なび https://oganavi.com/news/2019/12/26113410/

死者と霊魂

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今回は、民俗学の視点から、新谷尚紀氏による死者と霊魂についての説をご紹介します。

氏は、霊魂を二つに分類します。一つは普通の死者の霊魂、もう一つは非業の死をとげた死者の霊魂(怨霊)です。ただ、普通の死者の霊魂であっても、死んで間もない新しい霊魂は、荒ぶる危険な存在だと指摘します。そのため、どちらも祀られることによって、害をなす存在から生者を守護する存在へと変化します。その変化した霊魂は、次のように類型化されます。

祖霊(例:家ごとの先祖諸霊)
無縁霊(例:無縁仏、餓鬼仏)
御霊(例:北野天神、和霊神社)
尊霊(例:豊国大明神、東照大権現、明治神宮)
英霊(例:靖国神社、護国神社)

そして、祖霊、無縁霊が仏教思想と関係が死者の成仏であり、御霊、尊霊、英霊が神道思想と関連の深い死者霊の神格化であると指摘されています。

お参りすることによって、怖い存在から守護者になるのですね。

参考文献
新谷尚紀(2000)「死とケガレ」『往生考-日本人の生・老・死』p.p.204-220.

画像:山中他界
画像出所:pro.foto

三年坂(産寧坂)の都市伝説

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観光スポットの清水寺の近くに、三年坂があります。産寧坂とも呼ばれ、この場合、清水寺系の子安観音へ「お産が寧かでありますように」と祈願しながら登ったと言う説があります。

三年坂は、いつも観光客でいっぱいで、気をつけないと、転んでしまいそうです。でも、絶対に転ばないようにしてください。都市伝説では、三年坂で転ぶと三年以内に亡くなるそうです。この都市伝説の元になる資料は、わかりません。だから、都市伝説なのかもしれませんが。

でも、安心して下さい。転んでも助かる方法があります。厄除けのひょうたんを持てば、魂が抜けるのを防ぐことができるそうです。近くに、「瓢箪屋」があり、ここで厄除けのひょうたんを買うことができます。都市伝説よりも商売根性の方が怖い気がします。

画像:三年坂
画像出所:京都観光Navi https://ja.kyoto.travel/glossary/single.php?glossary_id=388

赤山禅院

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比叡山の南西山麓に、延暦寺系の赤山禅院があります。

ここで祀られているのは、仏様ではなく、神様、それも中国の陰陽道の祖神です。延暦寺第三世天台座主、円仁(794-864)さんが、遣唐使で唐に居た時、その行程を守護したのが、陰陽道の祖神とされる赤山大明神(泰山府君)だったそうです。円仁さんが感謝し、赤山禅院を建立しようとされました。実際の建立は、第四世天台座主、安慧さんによって行われました。

赤山禅院は、御所から鬼門である東北に位置しているため、表鬼門を守護する方除けを担っています。そのため、表鬼門を守護する鬼門除けの猿の像が置かれています。申年は、鬼門とは反対の方角である西南西を指しますので、猿が邪気を払う力を持っているとされています。ただし、この猿は、檻に入れられています。かつて、夜に暴れていたため、閉じ込められたそうです。

画像:赤山禅院
画像出所:赤山禅院 http://www.sekizanzenin.com/yuisho.html

根之堅洲國・根国

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『古事記』では「根之堅洲國」(ねのかたすくに)等、『日本書紀』では「根国」(ねのくに)等と呼ばれるところです。

この位置づけが難しいです。スサノオノミコトが、母イザナミノミコトに会いに根之堅洲國に行きたいという記述があります。そうすると、黄泉国の別名かというとそうでもなさそうです。

大国主は、この根之堅洲國で、スサノオノミコトと会います。大国主は二度死に、二度蘇生しますが、蘇生後、根之堅洲國に行っていますので、死んで行ったわけではありません。また、大国主は、スサノオノミコトの娘と結婚します。結婚があるなど、どうも黄泉国と違うような気がします。また、そもそもスサノオノミコトは、ここで娘をもうけていることになります。死のイメージから遠い他界のように思われます。

画像:スサノオノミコト
画像出所:Renaissancejapan https://wave.ap.teacup.com/renaissancejapan/1280.html

高天原

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『古事記』や『日本書紀』の他界観について、以前、黄泉国のお話をしましたが、今回は、高天原(たかまがはら)です。

これは、まさに天界で、「天つ神」がおられる世界です。ただ、六道の天界とは、似ているところもあれば、異なっているところもあります。高天原から神様が降りて来られて、国造りが行われます。神様の世界でありますが、人は死んでも行くことはできません。

また、神様も不死かというと、そうではありません。イザナミノミコトや天稚彦(あめわかひこ)など、亡くなります。ただし、亡くなる場所は、高天原ではなく、地上界です。死穢が避けられる世界なのかもしれません。私達にとっては、見ることもできない遠い世界です。

画像:天
画像出所:pro.foto

陽成院

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陽成天皇が帝を辞された後の邸宅が、陽成院です。現存しませんが、京都市中京区東夷川町辺りです。

『源氏物語』は、この陽成院を二条院に想定していると言われており、興味をそそられる場所であります。

でも、ここには妖怪物語があります。『宇治拾遺物語』では、この場所に化け物が住んでいると記されています。あるときの真夜中、一人の老人が、警護の者に話しかけます。自分は、昔からここに千二百年住んでいる浦島太郎の弟で、ここに社を造り、自分を祀るよう言います。警護の者が、自分の一存では難しいと答えると、その老人は、巨大化し、その警護の者を蹴り上げ、一口で食ってしまいました。

『源氏物語』の二条院と妖怪物語、対照的なお話のある場所です。

画像:陽成院跡
画像出所:FOURSQUARE

秦氏と社寺

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平安時代、多くの渡来人が活躍をしましたが、その一つが秦氏です。

秦氏は、秦の始皇帝を祖先に持つという伝承もありますが、実際は新羅からの渡来人とされています。絹織物生産で大きな富をなしました。

京都にある多くの寺社の中に、秦氏由来の寺社がいくつかあります。そのひとつが、広隆寺です。広隆寺の前身の寺では、新羅渡来の尊像が安置されていたと言われています。神社では、松尾大社が有名です。確かに祭神は、日本古来の神様でありますが、実際は秦氏の祖霊崇拝がなされていたとされています。実際、松尾大社の神官は明治まで秦氏の子孫が務めてきました。

広隆寺、松尾大社以外にも、月読神社、大酒神社なども秦氏との関係が指摘されています。

画像:広隆寺
画像出所:京都観光Mavi https://ja.kyoto.travel/tourism/single02.php?category_id=7&tourism_id=284

京の埋葬地

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平安京の時代、京の主な埋葬地は、東の鳥辺野、北の蓮台野、西の化野ですが、これらは皇族や貴族の埋葬が中心です。一般庶民は、鴨川原に死体を遺棄することが多かったそうです。とくに山上以南には、数多くの遺骸が捨てられていました。現在の鴨川からは、想像ができませんね。

もちろん、朝廷は、一般庶民に対して、別の場所を埋葬地として鴨川原での死体遺棄を禁止します。それでも、鴨川原での死体遺棄は、無くならなかったそうです。そのため、963年、空也さんが、鴨川で死者の追善供養を行ったことが伝えられています。

画像:鴨川
画像出所:LINEトラベル https://www.travel.co.jp/guide/article/26004/

殯(もがり)

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古代日本で行われていた埋葬儀礼に、殯(もがり)があります。

死者を埋葬するまでの間、遺体を納棺して、安置し、儀礼を行います。目的は二つありまして、一つは、死者の冥福を祈ることです。もう一つは、外から侵入者から死者を守ることです。野良犬などの動物から物理的に死体を守ることもそうですが、邪悪な霊を近づかせないようにすることだそうです。

現代でも、こうした殯の風習の一部が残っているとも言われています。例えば、ある地域では、死者の胸に刃物を置く習慣があるそうです。これは、死者に邪霊が近づかないようにするためです。

画像:仲哀天皇殯斂地
画像出所:FOURSQUARE

魂と心

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現代の私たちからしますと、魂と心はほぼ同じものとして考えています。でも、古代では、両者は分けて考えられていました。

その名残として、琉球語では、魂をマブイ、心はキムと呼ばれ、区別されています。マブイは、ショックで身体から出てしまうことがあり、これが身体に戻ってこないと、病気になってしまうと考えられていました。言い換えますと、短期的には、魂がなくても生きていけることになります。一方、キムは肝のことで、心、精神、感情などを表します。

魂と心を分離して考えますと、魂は別の人格を持つのかもしれません。中世、様々な生霊の話が出てきますが、これはこうした魂と心のとらえ方から来ているのかもしれません。

画像:首里城
画像出所:Nippon.com https://www.nippon.com/ja/japan-data/h00578/

ピンチのときにすがる仏様

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命にかかわる危険な状況で、どの神様や仏様にすがるでしょうか。やはり、観音菩薩の人気が高いです。

『今昔物語集』で、近江の国安義の橋で鬼に遭遇するお話があります(巻27第13話)。当時、この橋には鬼が出るといううわさがあり、誰も通りません。そうした中、ある男が宴席で、不本意にも見栄から、その橋を渡る約束をしてしまいます。その男は、馬でその橋を渡りますが、橋の上で一人の女性に会います。最初話しかけようとしますが、鬼だと気づき、急いで逃げます。鬼は追いかけてきますが、そのときに男は「観音助け給え」と念じます。やはり、様々な場面での人々の救済を誓った観音菩薩は、皆から頼りにされます。男は無事逃げることができました。

その後、男は陰陽師をたより鬼から身を守ります。ただ、残念ですが、最後には鬼に殺されてしまいます。

画像:観音菩薩像
画像出所:奈良国立博物館 https://www.narahaku.go.jp/collection/952-0.html

阿修羅

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六道の一つが阿修羅界ですが、日本人にとっては、最もなじみの薄いものだと思われます。ランクは、人間界と畜生界の間にあります。

ただし、阿修羅の力は、人間を超え天界に匹敵しますが、人間界よりも下にランクされます。それは、神と同じような力を持ちながら、乱暴で好戦的な性格からきているのかもしれません。

阿修羅は、須弥山の周りの海の中に住み、天界の神たちとも抗争を続けています。阿修羅の中で有名なのが、ラーフラ・アスラで、数々の乱暴狼藉の話が伝えられています。

画像:阿修羅像
画像出所:興福寺 https://www.kohfukuji.com/property/b-0009/


ギリシャの輪廻思想

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輪廻思想は、ギリシャにもあります。オルペウス教の輪廻思想がそれにあたります。

人間の霊魂は神性を持つにもかかわらず、その罪により、輪廻転生により生死を繰り返す運命を負わされているとされます。この輪廻転生は「悲しみの輪」と言われています。戒律の順守や生活を浄めることによって、この輪廻から解脱することが目的となります。仏教を含めたインド思想の輪廻思想に似ていますね。

また、人間が神性を持つことは、人が仏性を持つとした如来蔵思想とも関連がありそうです。ただ、インド思想が業によって転生先が決まるのに対し、オルペウス教の輪廻思想では、人の後、あらゆる動物になったあと、やっと再び人に生まれるそうです。魂が一順するのにかかる年数は、なんと3000年です。

画像:オルペウス教のモザイク
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%83%AB%E3%83%9A%E3%82%A6%E3%82%B9%E6%95%99

「草木国土悉皆成仏」

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十数年前、日本でもちょっとしたブームになった「草木国土悉皆成仏」は、草木や国土でも、仏性を具えていて成仏するという思想です。日本のアニミズム(生物・無機物を問わないすべてのものの中に霊が宿っている)に合った思想ですね。また、現実肯定的な天台本覚思想とも関連しています。

ただ、似た思想はインドにもあります。六師外道の一人ゴーサーラは、草木や石にまで霊魂を認めて、輪廻を語っています。でも、輪廻で石になったらと考えると、不思議な感じがしますが。

画像出所:Pixabay

善知識

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臨終行儀で重要なのは、仏道に通じ、臨終者を教導する善知識と呼ばれるエキスパートです。

真言密教の高僧覚鑁さんは、密教を取り入れた善知識の役割を説いています。覚鑁さんによれば、5人の善知識が必要になります。一人目は、臨終者を浄土に導く役目を持っています。二人目は、臨終者の集中を妨げる悪魔の攻撃を防ぐ役割を持っています。そのため、不動明王の真言を唱えます。三人目は、称名のリズムをとるために鐘を鳴らします。あとの二人は補佐となります。

また、善知識の座る位置も決められおり、曼荼羅が意識されています。不動明王の真言や曼荼羅はまさに密教ですね。以前お話ししましたように、当時の臨終行儀は、浄土教に密教などが入り混じっています。

画像:臨終の住まい
画像出所:中央公論美術出版 http://www.chukobi.co.jp/user_data/pdf/0587.pdf

『往生要集』における臨終行儀

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『往生要集』には、詳細な臨終行儀が述べられています。

作者源信さんは、善導さん等、様々な先学の意見を紹介しながら、説明がなされています。その中には、看病者の心得も記されていますので、現在のターミナルケアにも通じるところがあるかもしれません。看病者は、病人が、もし語ることあるならば、それを問うことを求めています。それが、自らの罪であれば、看病者も病人のために仏を念じ、懺悔して、かならず罪を滅する必要があります。また、見舞い来るもので、酒・肉・五辛(刺激の強い5つの野菜)を食する人は、遠ざけなければなりません。

『往生要集』の後も、様々な人々が、こうした臨終行儀の細部について説いています。それだけ、多くの人の関心が高かったのでしょう。

画像:来迎図
画像出所:長圓寺 http://chouenji.org/news/buddhism/entry-36.html

羅城門

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平安京におきまして、朱雀大路の南端に設けられた門が羅城門です。門の外は洛外となります。

時代とともに、羅城門の付近は寂れていき、とうとう死人の置き場となってしまいます。『今昔物語集』巻29第18話に、当時の羅城門が描写されています。死んだ女性が捨てられており、その女性の髪の毛を抜いている老婆が登場します。ひとりの盗賊がその老婆に遭遇し、その理由を問うと、鬘に売ろうとしていると答えます。その盗賊は、その死人の女性の着物と、老婆の着ている着物、さらには死んだ女性の髪の毛を奪って、逃げていきました。なんとも殺伐した風景です。

芥川龍之介さんは、この話からインスピレーションを得て、小説『羅生門』を書いたことでも有名です。

画像:羅城門模型
画像出所:ウィキペディア https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%BE%85%E5%9F%8E%E9%96%80

閻魔大王の変遷

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閻魔大王は、地獄の主で、審判を下す存在です。ただ、もともとは天界の住人です。それが、どうして地獄に移ったのでしょうか。

閻魔堂王は、もともとはバラモン教の神様で、それが仏教に取り入れられたと言われています。バラモン教では、閻魔堂王は、神様になる前は、人間、それも最初の人間ヤマとされています。最初の人間ですので、最初の死者となります。これが、地獄と結びつく要因になっているかもしれません。ただ、ヤマは死んだ後、天界に行きます。

その後、仏教論書『倶舎論』では、閻魔大王は、餓鬼界に移ります。そして、さらに下層である地獄に行くことになります。六道の最上層から、最下層への移動になりますね。

画像:十王図 
画像出所:正延寺 http://www.yamano.or.jp/jyuuouzu/ennma.html

仏教の宇宙観

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仏教では、この地球はどのようにとらえられていたのでしょうか。

まず、虚空に風輪という巨大な円柱が浮かんでいます。この風輪の上に、この風輪の直径より小さな直径を持つ水輪と呼ばれる円柱が乗っかっていることになります。さらに、この水輪の上に、同じ直径を持つ金輪が乗っています。私たちは、この金輪の上にいることになります。

そして、金輪の中心に須弥山がそびえ、金輪の最外辺には鉄囲山が囲んでいます。須弥山は、なんと直方体で、金、銀、瑠璃、玻璃からできています。もちろん、鉄囲山は鉄でできています。ゼロを生み出したインドらしく、なんとも幾何学的な宇宙観ですね。

画像:須弥山
画像出所:Pinterest

若い魂

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前回に続き、日本の生まれ変わり観です。

生まれ変わりが続きますと、魂に若いとか年老いたといったことはないのですが、日本の生まれ変わりでは、この若い魂という概念があります。

柳田國夫氏によりますと、子供の魂は、肉体を離れていく危険が多いのですが、また次の生活に移ることも早いと考えられていたそうです。そのため、子供が無くなると、大人の場合と違って、すぐに生まれ変わると考えられていました。

また、生まれ変わりを早くするために、青森県のある地域では、亡くなった子供に魚を持たせ、生臭物で仏道の支配を受けないようにする慣習があるそうです。仏道が、生まれ変わりを遅らせると考えられていたことは興味深いです。

一方、年老いて亡くなると、その魂は、くたびれてしまったのか、しばらく休養をとってから生まれ変わるとも考えられます。魂が肉体の影響を受けるのですね。

画像:魂
画像出所:Pixabey